第6話「噂の少女、あいり」
保護者である
住めば
ワンルームに台所と風呂、トイレ……築三十年程の安い
『へー、エンジュってばそんなバイトしてたんだー?』
『けっ、けしからん……リアル
今、宗一は広大な平原に立っていた。
風はなく、草花の萌える匂いもない。
現実の宗一は、VR用のゴーグルを装着して、ゲーム機のコントローラーを握っている。いつもの部屋でスエット姿だが、ここではビキニアーマーの女騎士エンジュだ。
眼の前には二人の仲間が、雑談に応じてくれる。
このゲームは、VR空間で巨大なモンスターと戦うネットワーク型のアクションRPGである。
「いやいや、デルドリィードさん。バズンさんも。リアルもなにも、中学校行ってないから。中学生じゃないから。その子、身体が弱くてずっと家から出られなくてさ」
部屋で
二人の仲間は、
二人と一緒に宗一は、長らく人気ゲーム『ハンティング・ファンタジア』を遊んでいる。
『して、エンジュよ……お
『まぁまぁ、デル。それで? どう、しっかりやれてる? アンタ、がんばんなよー? 不登校になった時は心配したけど、よかったじゃん』
『ええい、バズン! 我の名を略すな……我が名は背徳の
『……はいはい、わかったってば、デル』
二人は、宗一が加わる前から親しかった。
そして、宗一もその輪に加えて親切にしてくれる。
無論、個人のこと、プレイヤーの素性はなにもわからない。男か女かも、宗一が思う通りとは限らないのだ。だが、こうした
そして、それぞれ自らにプライベートの詮索を
知りたがり屋の詮索好きは、エチケット違反だ。
二人には、面と向かって恭也に相談するより、何倍も話し易い。
気楽で気取らぬ関係、ゲーム以外に接点を持たぬからこその気安さだ。
そんなことを思っていると、バズンが
やはり中身は女性だろうか……だが、
『でも、その女の子にとって……エンジュはきっと、とてもいい変化をもたらしたと思うわ』
「そ、そうですかね」
『アタシも小さい頃、
「なるほど」
バズンの話は、少しだけあいりの現状に似ていた。
バズンの中の人は、幼い頃は喘息に苦しめられたという。学校の行事にも参加できないことが多く、入退院を繰り返す日々だった。そんな病床の時期、会える人も触れられる娯楽も、酷く限定されてしまったのである。
『アタシの頃は、携帯電話なんて商社マンしか持ってなかったからさあ』
『むむ、バズン……お主、いったい何歳なのだ。もしや転生の秘術を使いしロリババァ――』
『おうこら、何歳つったか? 歳の話しないでよね。で……大人は優しいんだけど、勉強のためにとか、読書したまえとか、なんつーか……息苦しいのよ』
入院していたバズンは、大好きな漫画も読めず、大人が教育的に好ましいと思った本ばかりを読まされた。病室にはテレビがあったが、ファミコンを繋げるのは禁止されたという。興奮すると喘息によくないと、両親が心配したそうだ。
宗一は一度VRゴーグルを外し、スマートフォンで検索する。
ファミコンというのは、ファミリーコンピュータ……昭和の時代のゲーム機だった。
『ま、そういう訳でね……今はいい時代よ? その子、もっと楽しまなきゃ。勉強も大事だけど、子供の仕事って遊ぶことだから。十代の今だけしか持ってない感性で、感動を楽しまなきゃね』
「なんか……バズンさん、凄い。か、格好いいですよ」
『我も同意、激しく同意……いつもは
宗一と視点を共有するエンジュは、デルドリィードと顔を見合わせた。
表情まで再現されたCGのキャラクター同士が、目を丸くしている。
それを見たバズンが、凄むように「ああン?」と身を乗り出してくる。
「でも、バズンさん……その、デルドリィードさんも。なんつーか、いつも……いつも、ありがとうございます。俺も、そう思いますよ」
『やだ、なぁに? 気持ち悪いわね』
『お主が言うか、お主が』
和やかな笑いが連鎖した。
現実では不登校児だが、VRゴーグルを被ればいつでも異世界の女騎士エンジュになれる。そこには、現実の立場や年齢、性別を超えた付き合いが待っているのだ。
それだけが全てではないが、あれば嬉しいというのがゲームの人間関係である。
やはり、テクノロジーは人間を幸せにする。不幸への危険もはらんでいるが、それを乗り越え克服してこその人間の知恵だろう。そして、幸福とは『自由に選べる選択肢の数』なのかもしれない。
金銭や時間、身分や生まれに左右されない、自由な選択肢。
あいりにも、彼女が選ぶ時間を増やしてやりたいと宗一は思った。
「とりあえず、写真の好きな子で。で、ちょっとSNSとか勧めてみたんです。あっ! 当然、俺が細心の注意を払って……まあ、ちょっと危ういこともあったけど」
『なるほど……写真が趣味ならば、インスタグラファーなどがいいかもな』
『この歳の女の子は思春期モードだしねー、注意してみてあげるのよん?』
この二人、基本的に宗一を否定することが少ない。
ダメ出しも時にはあるが、なんというか『こうあるべき!』という立場を取らないのだ。多分、それが宗一にとってもありがたいのだと思う。
何が正しいのか、そして正しさがベストなのか。
適切な手段、曲げてはいけない道理、その他もろもろ……人の数だけ正しさが存在する。それを恐らく、二人は現実世界の生活で知っているのだろう。
そんなことを思っていたら、デルドリィードが腕組みフムと
『よし、その少女もこのゲーム、ハンティング・ファンタジアに呼んではどうかな? 勉強ばかりではなく、遊びも……彼女でもできる遊びを教えてやる、それもまた家庭教師の仕事と言えよう』
『ま、保護者さんがオッケーならアタシも大歓迎よん? このゲーム、基本は四人パーティだし……いつも新規さん、デルにドン引きしていなくなっちゃうけど』
『フッ……我の偉大なる力と存在感、ついつい漏れ出てしまうか……
『ダダ漏れだっつーの』
意外な申し出に、宗一も真面目に考え込んでしまう。
あいりは、驚くほど世界が狭い。なにせ、普通のスマートフォンを見たことがなかったのだ。それで珍しくて、つい宗一のスマートフォンをいじってしまったのである。
ただ知識を教えるだけでは、駄目だ。
学力以上に、今のあいりに必要なのは経験である。
今という年頃でしか感じぬものが、世界には満ちているのだ。
そして、現代のテクノロジーはその一部を、電脳空間へと再現できる。いつか本物を知って感動するためにも、今は現状でできる体験を色々とプレゼントしたい。
「ちょっと、おじさんに聞いてみます。ちゃんと相談しないと」
『ん、そうね。それがいいと思うわ。親はどうしても、我が子に対して慎重になるから。それって当たり前で、責任ある大人として同然だからねん?』
『うむ、我も全面的にバックアップさせてもらおうぞ。フッフッフ、リアルJC……くっ、右目が疼く!』
またデルドリィードが
宗一はこのあと、ログアウトしたらすぐに恭也にメールを送ってみようと思った。基本的に恭也は、宗一にとっては理解のある保護者だ。第二の親と言ってもいい。
だが、それで以前の違和感を思い出す。
「そういえば……おじさんとあいりって、どうなんだろうな」
わざわざ宗一に家庭教師を頼んでくるので、恭也があいりに対して無関心ということはない。それに、自社で開発した最高機密レベルのデバイスを与えている。開発者が秘密裏に、身内を使ってテストするのは、なんだかよくありそうな話だ。
それに、恭也の執務室には愛娘あいりの写真があった。
おじさんとその奥さん、若い両親の前で晴れ着を着た、あいり。
その隣に、小さな男の子。
「あの男の子は……俺、ってことはないよなあ。2、3歳くらいだったけど」
宗一には両親の記憶はないし、物心ついた時には施設にいた。
恭也が引き取ってくれてからは、以前は楽しめなかった世界が一気に広がったのだ。一人暮らしも最初はトラブル続きだったが、いい経験だった。
それを今、宗一もあいりに与えてやりたい。
恭也の広げてくれた世界を、恭也の娘であるあいりにも見せたいのだ。
「じゃあ、デルドリィードさん。それに、バズンさん。もし、その子がゲームをやってみたいって言ったら……よろしくお願いしますね」
『モチのロン! アタシ、大歓迎よん? えっと、中学生くらいの年頃なのよね。だったら、レーティングも加味して全年齢モードで遊びましょ』
『
全くね、とバズンも笑った。
それから宗一は、もう一人の仲間を
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