02 異世界ゲームは遅れている

 俺はネステルセル家に戻るなり、ハイザーさんがゲーム制作を行っていた離れの工房へと向かった。

 俺がいつも手入れしている中庭を歩いていると、着替えを終えたコリンも合流する。


 コリンは栗色の髪を、いつもポニーテールにしている。

 普段は明るい色のリボンで結っているんだが、今は喪に服しているのか黒いリボンだ。


 それでも服装は喪服ではなく、いつもの白いブラウスに、黒いサロベットスカート。

 貴族のお嬢さんらしい、上品な格好だ。


 ポニーテールと並ぶ彼女のチャームポイントである、ブラウンとグリーンが混ざったヘーゼルの瞳は、普段は夜の猫の目のように真ん丸なんだが……今は見る影もなく充血していた。



「……少し休むか?」



 俺が気遣うと、コリンは「ありがとうございます」と言ってから、首をふるふると左右に振った。



「でも、大丈夫です。品評会までは時間がありませんので」



 コリンは一見、か弱そうな美少女だ。

 話してみても押しに弱そうなところがあるので、変な男にしょっちゅう言い寄られている。

 墓地で豚野郎が、無礼な態度をとってきたのもそのせいだ。


 ナメられやすく、スキがありそうな女ではあるんだが……気丈さだけはある。

 父親を失って間もないというのに、早くも意志を継いでゲーム作りをしようとしているんだ。


 ならば、俺がすべきことは心配してやることじゃない。

 サッサと工房に行って、したいことをさせてやるだけだ。



「そうか、じゃあ行くぞ」



 俺が再び中庭を歩きだすと、背後から声が追いかけてきた。



「……あの、レイジさん」



「なんだ?」



 俺は歩みを止めずに答える。



「レイジさんは、ゲームをお作りになったことがあるんでしょうか?」



「うーん……あるような、ないような、あるような感じかなぁ。まぁ、それに……ココのゲームはやったこともねぇから……素人同然かもしれねぇなぁ」



 俺はお茶を濁す。

 前世でゲームデザイナーでした、なんて言っても頭のおかしいヤツだと思われるだけだからな。



「そうなのですか……」



 コリンの声は残念そうだった。

 墓地での俺は自信たっぷりだったので、もしやゲーム作りのエキスパートではないのかと期待していたんだろう。



「まぁ、ココでのゲーム作りもすぐに覚えてやるから、そう心配するなって。先輩、いろいろ教えてくれよな。……さ、楽しいゲーム作りのはじまりだ」



 工房の前までたどり着いた俺は、お嬢様を励ましながらドアを開けた。


 工房はスキー場とかにありそうなロッジだ。

 2階建てなんだが、1階が作業場で、2階は書庫や物置になっている。


 天井が高く、あたたかみのある室内には……作業用の机と、デンと大きなドレッサーがあった。

 王族とかが使ってそうな、やたらとデカイ化粧台みたいなのに近づいていく。



「これがゲーム筐体か……筐体っていうより、鏡台っていうほうがしっくりくるな」



「はい。我がネステルセル家に限らず、多くのゲームの筐体は、使っていないときは家具として機能するようになっています。正面の扉を開けると、画面の鏡がありますよ」



 俺はドレッサーの鏡面にあたる部分の、両開きの扉を開いた。

 たしかに中にあったのは、どう見てもタダの鏡だった。俺と、背後にいるコリンが映り込んでいる。



「いまジェムシリカをセットしますね。普段は待機消費をおさえるために、抜いてあるんです」



 鏡の中のコリンは、白ウサギを追いかけるアリスのようにパタパタと動く。

 背後にある棚めがけて背伸びして、2リットルペットボトルくらい大きさの、水晶みたいなのを取り出していた。


 アレが『ジェムシリカ』。別名『精霊石』と呼ばれるモノ。

 この世界のことをあまり知らない俺でも、アレだけは知っている。


 ジェムシリカはかつての世界でいうところの、電池みたいなもんだ。


 この世界では、ありとあらゆるものが精霊の力で動いている。

 たとえば台所のコンロは火の精霊の力、シャワーは水の精霊の力、エアコンは風の精霊の力といった具合に。


 それぞれの器具の精霊を、働かせるのに必要なエネルギー源となっているのが、ジェムシリカというわけだ。


 俺が、ドレッサーの椅子に座って待っていると……コリンは働き者の女中みたいなテキパキとした動きでドレッサーの背後に回り込み、ジェムシリカをセットした。


 ……ブウゥゥン……!


 エネルギーを与えられ、ドレッサーが震える。

 目の前にあった鏡が一瞬、水で満たされた水槽に変わった。


 この世界の鏡はすべて、水の精霊の力を使った水鏡なんだ。

 ジェムシリカの力によって性質がかわり、鏡から水槽に、さらに昔のブラウン管のテレビのようになる。


 『GOBLIN STONE』


 という白文字に黒背景だけの、簡素なタイトル画面が映し出された。



「引き出しを引いてみてください。コントローラーがあります」



 コリンの言葉に従い、俺は鏡台のテーブル下にある、冷蔵庫の引き出し扉みたいなのを引っ張る。


 ガラガラと音をたてて出てきたのは……列車のレールの分岐器を、小さくしたような金属レバーと、シーソーみたいなボタン。



「レバーで、プレイヤーキャラクターを右か左に動かします。ボタンで攻撃です。ボタンを押せば、ゲームが始まります」



「このシーソーみたいなボタンは、右側と左側でふたつあるが……役割は同じなのか?」



「はい、同じ役割をします。片方のボタンだけだと、ずっと押しているとくっついたまま離れなくなるので、その場合は反対側のボタンを押してください」



「……わかった」



 俺は突っ込みたい気分を抑え、ボタンの片側を押下する。

 ガチャンという打鍵音とともに、画面が切り替わった。


 すると……8×8ドットくらいの丸の群れが、画面上部にずらりと並んだ。

 どうやらコイツらが敵らしい。


 画面の一番下には、三角がひとつだけある。

 たぶん……コイツが自機だろう。


 敵はゆっくりと、平行移動している。

 画面端まで来たら、少しだけ下にさがり、反対側の画面端に向かって平行移動する……という動きのパターンを繰り返している。


 すっと、コリンの白くて細い指が画面を示した。



「このゴブリンさんたちがすこしずつ降りてきますので、いちばん下にある投石器で撃って、ぜんぶ倒してください。敵が一番下まで来たら負けで、それまでに敵をぜんぶやっつけたら勝ちです」



「……なるほど、それでゴブリンストーンというわけか」



 俺はこみあげてくる気持ちを押し込めて、インベ……いや、ゴブリンたちに立ち向かう。


 ……ガシャン! ガシャンッ!


 右か左しかないレバーを倒す。


 右か左しかない。

 右か左しか。

 右か左。


 いや、左右移動しかできないのはいいんだ。

 元々そういうもんだからな。


 俺が言いたいのは……ニュートラルがないってことだ。


 レバーはかならず右か左にしか入らない。

 ってことは、自機である投石器は、画面の端にぶつからないと止まれない。


 ……ガチョン!


 攻撃ボタンを押すと、三角形から音もなくドットが飛び出す。


 いや、発射音がないだけじゃねぇ。

 このゴブリンストーンとやらは、一切の音がないんだ。


 ないのは音だけじゃねぇ。

 画面には背景の黒と、キャラクターの白しかない。つまりは色もねぇ。


 射出されたドットは、最下段にいた敵……ゴブリンに命中する。

 すると、ゴブリンはフッと消えた。


 追加だ、エフェクトもねぇ。


 もう一発弾を撃とうとボタンを押してみたが、反応しなかった。

 シーソーの片側が地面についているみたいになって、押し込めねぇんだ。



「あっ、そういう場合のために、反対側のボタンがあるんです」



 すかさずコリンのアドバイス。

 俺は無言で、浮き上がっているほうのボタンを押した。


 ……ガチョン!


 無事、弾が発射される。


 そうしてしばらく遊んでみたんだが、あっさりゴブリンどもを全滅させることができた。

 異様に簡単だった。その理由も簡単だった。


 なにせ……敵が一切攻撃してこねぇんだ。

 それに……敵が最後の一匹になっても、動きの速さがぜんぜん変わらねぇんだ。



「……すごい……レイジさんって、ゲームがとってもお上手なんですね……」



 コリンは「まぁ」と口に手を当て、上品な仕草で驚いていた。

 画面はいつの間にか、タイトル画面に戻っている。



「なあ、2面はないのか?」



 すると、コリンはキョトンとした顔をした。



「ニメン? ニメンってなんですか?」



「……いや、なんでもねぇ。それよりも……他のゲームが見てみたいな。『ゴブリンストーン』以外のゲームはここにはないのか?」



 するとさらに、コリンはキョトン顔を深くした。



「あの、ゲームというのは、『ゴブリンストーン』のことですよ? 品評会で他の貴族の方々が持ち寄るゲームも、ぜんぶ『ゴブリンストーン』です。それ以外のゲームというのはありえません。この家にはもちろん、この国じゅうを探してもありませんよ」



「そ……そうか」



 俺は頭痛をおぼえ、椅子から立ち上がる。


 ……この世界のゲームというのは、王族や貴族だけが楽しむ芸術品ってのは知っていた。

 一般市民には手も届かないどころか、見たこともないような存在……それがこの世界のゲームだ。


 俺は貴族の使用人になったから、この世界にもゲームがあるというのを知った。

 そうじゃなきゃ、存在すら知らなかったところだ。


 でも……このロッジで作っているというのを知っていただけで、どんなモノなのかは全然知らなかった。

 今日初めて、この世界のゲームで遊んだんだ。


 ここは中世ファンタジーみたいな遅れた世界だから、俺がかつて遊んでいたほどの、ハイレベルなゲームじゃないだろうと思っていた。

 だが……まさかここまで、原始的だったとは……!


 原始的なのはまだいい。

 物事には何事も始まりがあって、少しずつ進化していくもんだからな。


 でも……俺がこの屋敷で働きはじめた当初、ハイザーさんから聞いていたんだ。

 この世界のゲームは、ちょうど生誕百周年だということを……!


 誰からも相手にされない文化なんだったらまだしも、貴族連中がよってたかって作って、王様に献上してたんだろ!?

 品評会でいい成績を残した貴族は王城貴族として召し抱えられ、資金提供を受けてゲーム作りができるんだろ……!?


 国が完全にバックアップしてる文化なのに、なんでこんななんだよ……!?

 しかもなんで、一種類しかねぇんだよ……!?


 考えれば考えるほど、めまいがしてくる。

 俺は立っていられなくなって、そばにあったソファにどすんと腰を降ろした。

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