異世界ゲームクリエイター

佐藤謙羊

ゴブリンストーン編

01 俺は異世界ゲームデザイナー

 錆びついたような空から、鉛色の雫がこぼれ落ちていた。

 頬にあたり、涙のように垂れる。


 ヴェールみたいな霧に覆われた墓地には、黒で装ったヤツらがまばらに佇んでいた。

 真新しい墓石の前には、ひとりの少女が立ち尽くしている。


 そこに、どやどやと近づいてくるヤツら。

 参列者のなかでも特に無神経な、クソったれどもだ。


 ひとりの小太りな青年が歩み出て、少女のうなじに馴れ馴れしく手を置いた。



「コリンたん、ボクそろそろ帰るから」



 コリンと呼ばれた少女は、悪寒を感じたようにブルッと身体を震わせ、ハンカチで涙を拭いつつ振り向いた。

 小さな身体を健気に折り曲げて、深々と頭を下げる。



「……はっ、はい。ブルさん、今日は父のために、ありがとうございました」



「じゃあ、行こっか」



 白豚みたいな野郎は、コリンのポニーテールの頭をポンポンと叩く。

 されるがままのコリンは、泣きはらした瞳をぱちぱち瞬かせていた。



「……えっ? 行くって、どちらにですか?」



「コリンたんのパパが死んじゃったから、家はコリンたんひとりっきりっしょ? だったらボクのお嫁たんになって、ゲーム作りを手伝ってよ。どうせ品評会も棄権っしょ?」



 少女の手が、ぐっ、と握りこぶしを作った。

 黒いレースの手袋に、爪を食い込ませている。


 白豚野郎の背後にいる、二匹のババアがワッと歓声をあげた。



「んまあ~いいお話ねぇ~! コリンちゃんがブルット家にお嫁にいけば、王城貴族の仲間入りよ!」



「そうねぇ、是非そうなさいな! コリンちゃんのお父様の悲願でもあったのでしょう? それを叶えてあげれば、天に召されたお父様もきっと喜ぶわ!」



 ゴテゴテに着飾って、醜さを覆い隠してるようなババアどもが、耳障りな声で喚いて勝手に盛り上がっている。


 コリンはうつむいたまま、震えていた。

 叫び出しそうなのをぐっとこらえているのが、ありありとわかる。



「……お父様は……ゲームデザイナーとして認められて、王城貴族になるのを目指しておりました。貴族どうしの婚姻などではなく……!」



 白豚野郎は肩をすくめ、呆れた溜息のようにブヒィと鼻息を吐きかけやがった。

 コリンの茶色い前髪が揺れる。



「でもそのパパは、もういないんだよ? それにコリンたんは何十年もやってるのに銅褒章どまりじゃない。言っちゃ悪いけど、没落貴族……それに比べてボクん家は金褒章だよ?」



 白豚野郎はさらに、コリンの身体を舐め回すように見ながら、ぬかしやがった……!



「ぶひひ、コリンたんが裸エプロンでボクのゲーム作りを手伝ってくれたら……白金褒章も取れちゃうかも……!」



「んまぁぁぁ~! 白金褒章ですって! 白金褒章を持った王城貴族と親戚になれるなんて、わたくしたちも鼻が高いわぁ~!」



「ねぇねぇコリンちゃん、もうハイザーさん……コリンちゃんのお父様がいないということは、もうゲーム作りを手伝ってあげられる人もいないんでしょう? だったらちょうどいいじゃない! ブルさんのお手伝いをしてあげなさいな!」



 ガヤの声を遮るように、コリンはキッ! と顔をあげた。



「いいえっ! わたしが父のゲーム作りを引き継ぎます! 品評会も、棄権しませんっ!」



「よぉく言ったあああっ!!」



 ……どばっしゃああああっ!!


 間髪いれずに割り込んだ俺の声は、俺がぶちまけたバケツの汚水で、聞こえなかっただろう。


 そんなことよりも、お召し物が汚物だらけになった豚どもがブヒーブヒー大騒ぎしてやがる。



「うわあっ!? 何だよこれぇ!?」


「くさい、くさいですわっ!?」


「いやあああっ!? おろしたばかりですのにっ!?」



 もはや聞こえてるかどうかも怪しかったが、俺は教えてやった。



「……ああ、今日は大気が不安定で、横殴りの雨が降るみたいですから、気をつけてくださいねぇ」



 そしてそのままコリンの手を引っ張って、そそくさと歩きだす。



「れ、レイジさん、なんてことをっ!?」



 あたふたしているコリンを、俺は道端に停めてある馬車に押し込んだ。

 馬車の中にはメイドのシャリテがいて、待ってましたとばかりにコリンの身体をバスタオルで包みこんでいた。



「ちょ……!? そこの使用人っ!? ボクのコリンたんを、どこへ連れて行くんだっ!?」



 黒豚になった野郎が、悪臭を放ちながら追いかけてきやがった。

 俺は御者席に座って、ヤツを見下ろす。



「……決まってるだろ、帰ってゲームを作るんだ」



 それだけ言って、鞭を振るう。

 パチン! と小気味よい音とともに、馬車は走り出した。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ……俺は、新代レイジ。

 42歳の、しがないゲームデザイナーだった。


 だった、と過去形なのには理由がある。

 俺は前世で、とあるゲームメーカーに勤めていたんだが……徹夜続きで会社で寝ていたら、いつの間にか死んでいたんだ。


 俺は過労死だと思ってたんだが、あの世で会った女神は、



「あなたの世界では、トラックに轢かれて死んだ者は、異なる世界へと転生できるのです」



 なんてぬかしやがった。

 俺の最後の記憶は、かなり曖昧だったらしい。


 よくわからんうちに轢死した俺は、よくわからんうちに女神からの適性判定を受けた。

 それで、新しい世界での適職を教えてくれるらしい。


 でも……俺には何の適性もなかった。


 普通だったら『転生ボーナス』というのがついて、常人ばなれした戦闘能力で無双できたり、神業級の名人芸で職人として活躍できたりするそうなんだが……俺にはそういった類のものは、一切なかった。


 あまりに何も無かったので、俺を哀れんだ女神は前世の記憶を残してくれたうえに、若返らせてくれた。

 それが何の役に立つかはわからねぇが……俺は、ロクでもない記憶を持ち越したまま、若者として新しい世界に生まれ変わったんだ。


 新しい世界は、ファンタジーRPGみたいな剣と魔法の世界だった。

 だが女神に何の適性もないと言われたとおり、俺は冒険者にも生産者にもなれなかった。


 そんな役立たずの俺を拾ってくれたのが……貴族のハイザーさん。

 俺を使用人として、屋敷に置いてくれたんだ。


 ハイザーさんはこの世界でゲームデザイナーをやっていて、王様にゲームを献上するのを生業としていた。


 この世界のゲームは……まぁ、細かい説明は今は省くが、前いた世界のモノとはだいぶ違っていたんだ。

 どのくらい違うかってのは、おいおいわかってくるだろう。


 それに俺は使用人で、貴族が作るような大層なモノには関わる気もなかった。

 だから屋敷では、ハイザーさんのゲーム作りを手伝うなんてこともせずに……ぜんぜん関係ない雑用なんかをして過ごしていたんだ。


 ハイザーさんは王城で行われる品評会を目指してゲームを作っていて、屋敷の離れにある工房にずっとこもっていた。

 連日徹夜をしていたようで、まるで死ぬ前の俺みたいだな……なんて思いながら見てたんだが……。


 品評会まであと数日というところで、ハイザーさんは工房の机に突っ伏して……事切れていたんだ。


 ハイザーさん……ハイザー・エアス・ネステルセル。

 小さな貴族である、ネステルセル家の当主。


 彼の没後に残されたのは……小さなゲーム工房と、ひとり娘のコリン・デルデ・ネステルセルだけだった。

 コリンは13歳にして、ネステルセル家の新当主になっちまったんだ。


 あの豚野郎の言葉を借りるのもシャクだが、品評会で芳しくない成績続きのネステルセル家はすでに、没落していた。

 もはや使用人への給料すら払われておらず、ほとんどが逃げ出した後。


 残っていたのは俺と、メイドのシャリテだけだった。


 俺は、俺を拾ってくれたハイザーさんへの手向けとして……そして、葬式の場で見栄を切ったコリンの覚悟を信じた。


 この世界で、俺はふたたび……ゲームを作ることを決めたんだ。

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