03 ゲーム制作開始

 この世界のゲームは、想像をはるかに超えるほどに原始的だった……!


 俺はソファに身体を沈めたまま、頭を抱えていると、



「……レイジさん、大丈夫ですか? お水をどうぞ」



 コリンが木のコップを、上品に両手を添えて差し出してくれた。



「あ……ああ、すまない」



 俺は片手で受け取って、一気にあおる。

 コリンは両膝をそろえ、チョコンと俺の隣に座った。



「驚かれたでしょう? わたしも幼いころ、初めてゲームを遊んだときはそうでした」



 俺は意外に思って、お嬢様の横顔を見る。

 まさかコリンも、この世界のゲームの遅れっぷりに気づいていたとは。



「わたしがこの工房で、『ゴブリンストーン』を初めて遊んだのは4つの頃でした。その時の衝撃は、今でも忘れられません。この世の中に、こんな楽しいものがあるんだ……って」



 コリンはまっすぐな瞳で、『ゴブリンストーン』のタイトル画面を見つめていた。



「楽しくて楽しくてたまらなくて……子供用の椅子に座って遊んでいたんですけど、興奮しすぎて椅子から落ちちゃったんです」



 その頃のときめきが蘇ってきたかのように、少女の瞳には光が宿っていた。



「それからです……この工房がわたしの遊び場になったのは。わたしはこのソファに座って、お父様がゲーム作りをしている姿を見るのが大好きでした。お父様の手によって生み出された『ゴブリンストーン』はとっても楽しくて……。お父様は魔法使いだと思ったこともありました」



「……それで、ゲーム作りを手伝うようになったのか」



「はい。わたしはすぐに、お父様みたいなゲームデザイナーになりたいと思うようになりました。わたしやレイジさんみたいに、遊んだ人を夢中にさせるような、すごいゲームを作りたくなったんです……!」



 熱っぽく語るコリンの瞳は輝きに満ち、わずかに潤んでいた。

 これは、父親を偲んでの涙ではない。間違いなく、ゲームに心を奪われた者の涙だった。


 かくいう前世の俺も、4つの頃に初めて『ゴブリンストーン』に似たゲームをプレイして……コイツと同じみたいに、ゲームに恋する瞳になっちまったんだ。



「……そうか、コリンはハイザーさんみたいなゲームデザイナーになるのが夢なんだな」



「はいっ!」



 穢れなき瞳に、俺を映しているコリン。


 このお嬢様は俺が、『ゴブリンストーン』の面白さに衝撃を受けたと勘違いしているようだ。

 自分が楽しいと思ったものは、きっと他の人も楽しい……そう思っている。


 よっぽど純粋なんだろう。

 だが、悪いが……このゲームは俺にとっては欠陥品でしかない。


 しかし、そんなことはどうでもいい。


 俺は前世で、プロとして20年以上ゲーム作りをやってきた。

 そして3ケタほどのゲームを、世に送り出してきた……。


 でも……どうだ。

 この少女みたいに、ただの一時でも、大切な人を失った悲しみを忘れさせるほどのゲームを……作ったことはあったか?


 自分もこんなゲームを作ってみたいと思わせ……人生観を変えるほどの思いをさせた人間が……ただのひとりでもいるのかっ……!?


 ……ハイザーさん……あんた、本物だ。

 本物のゲームデザイナーだよ……。


 あんたの作ったゲームも、間違いなく本物だ……!

 ああ……俺は、あんたに嫉妬する……!


 生涯かけて、人の心を動かすゲームを作ってきたあんたが、心底うらやましい……!!



「……よぉしっ!!」



 俺は勢いをつけて、ソファから立ち上がる。

 隣に座っていたコリンが、シーソーの反対側に座っているみたいにピョコンと跳ねた。



「わっ、レイジさん?」



「コリン! お前のオヤジさんのゲームは本物だ! 品評会で他のヤツらにも思い知らせてやろうぜ!」



「は……はいっ!」



 俺に負けないくらいの勢いで、立ち上がるコリン。

 瞳の端に浮かべた雫が、宝石のように輝いていた。



「で、品評会まであと何日なんだ?」


「はいっ! あと1日です! レイジさんっ!」



 ハキハキと即答され、俺の肩に現実がのしかかってくる。



「……あ、あしたか……!」



「はいっ! あしたです!」



 マジで目前じゃねぇか……!

 ゲーム作りに残された時間としては、ゼロといっていいほど少ねぇ……!


 でも品評会は、王族と一部の貴族だけが遊ぶという、閉じられた世界だ。


 ということは……家庭用ゲームみたいなプラットフォーマーのチェックや、レーティング機構の審査などの、事前にクリアしておかなくてはいけないものはないはず。


 それに大勢の人間の手に渡って遊ばれるものではないので、デバッグも最低限でいいだろう。


 ならば……品評会のギリギリまで、手を入れることはできる……!


 どこに手を入れて、より良くしていくかはこれから考えるとして……まずはコリンの考えを聞いてみよう。



「なあ、コリンはこの『ゴブリンストーン』をどう改良しようとしてたんだ?」



 するとコリンは、瞳のキラキラを妖精の鱗粉のように残しながら、工房の隅に移動した。



「はいっ! これを見てください!」



 キャスター付きのキャンバスのようなものを引っ張ってくる。

 キャンバスには8×8に区切られた製氷機のようなものがあり、中には水が張ってあった。



「……これは何だ?」



「自機や敵キャラクターを描くためのキャンバスです!」



 なぜかえっへんと、胸を張るコリン。膨らみはあんまりない。


 キャンバスはどうやら、スプライトを描く道具のようだ。

 どうやって描くのかを尋ねたら、コリンは実践してくれた。


 なにか呪文のようなものをゴニョゴニョ口にしながら、8×8に区切られた1箇所に手を触れる。

 すると……透明だった水が白濁した。もういちど触れると、透明に戻る。



「こうやって、水の精霊さんを呼ぶ呪文を唱えながら触れると、色がつきます。色がついたところが、画面上の白い点……ドットになるんです」



 なるほど、なんでも精霊が動力になっている、この世界らしいドットの打ち方だ。

 でも、魔法の適性がぜんぜんねぇ俺には……無理な芸当だな。


 ちょっと落ち込みかけたが、俺は気を取り直して聞く。



「このキャンバスを引っ張り出してきたってことは、キャラ絵を描き換えようとしてたのか?」



 するとコリンはどことなく、寂しそうに頷いた。



「はい、父は生前から……敵のゴブリンにもっと迫力が出せないかと悩んでいました。絵を変えればもっと良くなるんじゃないかって、わたしもいっしょに何度も描きなおしてました」



「お前はどんなのがいいと思ったんだ?」



 コリンはもう一台、キャンバスを引っ張り出してくる。

 最初のやつよりお子様サイズのように小さくて、枠がピンク色に塗装されている、かわいらしいヤツだ。



「これがわたしが普段使っているキャンバスです。父のだと背伸びしないと上まで届かないので、父が作ってくれたんです」



 そう言って手で示す盤面には、8×8で描かれた棒人間みたいなのがあった。



「わたしはゴブリンさんの全身を描いたほうが、迫力が出るんじゃないかと思ったんです」



 俺はフクロウみたに首を傾ける。

 角度を変えてみても、棒人間には変わりはない。



「うーん……8×8ドットのなかで、迫力ある全身を描くのは無理だろ……16×16か、色でもつけられりゃ別だが……。よし、俺が言うように、ドットを打ってみてくれるか」



「はい」



 俺のダメ出しにも嫌な顔ひとつせず、コリンは従ってくれた。

 俺が指さす先に、詠唱とともにドットを置いてくれる。



「……よし、これでいいだろう」



 できあがったモノに、コリンは小さく息を呑んだ。



「こ……これは……ゴブリンさんのお顔……!?」



「そうだ。キャラが小さい場合、全身を描くよりも顔だけ描いたほうがいい場合があるんだ。デフォルメってやつだな。顔だけってのは頭で考えると変だが、こうして見ると悪くないだろ?」



「わ……悪くないどころか……ゴブリンさんに表情があるみたいで……すごく……迫力があります……!」



「敵のアニメパターンは持てるのか?」



「はい、ふたつまででしたら」



「よし、だったらこれを参考にして、ゴブリンのアニメパターンを考えてみるんだ。いいか、大事なのは『憎たらしさ』だ」



「はい……にくたらしさ……ですか?」



「そう。石をぶつけてやりたくなって、やっつけた時にスカッとするような、憎たらしい顔だ」



「は、はいっ……! にくたらしいの、やってみます!」



 コリンは、小さな手をきゅっと握りしめ、懸命な上目づかいで俺を見る。

 憎しみなんて抱いたことのなさそうな、澄んだ瞳で。



「よぉし……頼んだぞ!」



「はいっ! ……あっ、レイジさん、どちらに?」



「2階だ。2階はゲーム作りの資料が置いてあるんだろ? ソイツをちょっと見てみたくなってな」



 俺は軽快な足取りで、2階への階段を駆け上がった。

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