黄泉へ

 翌日、祠は出勤時間よりも2時間も早く、あの部屋へと向かっていた。


(流石にこの時間は、誰もいないな)


 シンッと静まり返る局舎の中、祠の足音だけが響き渡る。


(――音? 何の音だ?)


 あの部屋に近付くにつれて、なにやら紙をめくるような音が聞こえてきたのだ。

 黒い布で目隠しをされた扉を開けると、そこにはすでに蛟のすがたがあった。


「雨夜さん? 早いですね?」


 蛟はチラッとだけ祠を見たが、すぐに手にした書類に目を戻した。


「君だって人のこと言えないだろう? まだ正規の始業時間より2時間も前だぞ」

「私は、一刻も早く祓を助けに行かないと。あいつはなんだかんだでまだガキですから、禊に会わせるにはまだ早いんです」

「……君が思うよりも彼は大人だと、私は思うがね」


 2人は静寂の中、書類の山の中を探し始めた。


神籬ひもろぎ神籬ひもろぎ……っと。ん?)


 神籬梓の資料を探していた祠は、思いもよらぬ資料を発見した。


「雨夜さん……」

「なんだ、どうした?」


 いつもとは違う祠の様子に蛟は書類から目を離し、声の方向へ目をやった。


「これって、どういうことですか?」


 祠の手には『黄泉への逝き方~。知りたい人は是非是非! 棚番号108の上から2段目を探してみてね~』と書かれたA4サイズの紙があった。


「どこにあった……?」


 蛟は動揺しているようだった。それはそうだろう、自分しか鍵を持っていないはずのこの部屋に、誰かが侵入したということなのだから。


「ここです、この、『最初の死神とは』に挟まっていました」

「その本は、確か阿玖斗に貸し出していたはず……」


 蛟は手にしていた書類を閉じ、元の場所へと戻した。


「108の上から2段目と言ったか?」

「はい!」


 謎の紙に書いてあった“棚番号108の上から2段目”。

 そこにあったのはまさしく説明書だった。


「これは……」

「『黄泉への扉』……。こんなのがあったとはな」


 蛟でさえ驚くほど、棚番号108の棚は部屋の奥深くにあった。


「早速見てみましょう」


 本には『黄泉へは、磐座町にある司神局の地下奥深く、遥か昔に封印されし神座しんざから行くことができる。また、同じく黄泉にある神座からこちらへと戻ってくることが可能となる。黄泉とこちらとの違い、それは神の領域か、死神の領域か、それだけである。空気もあれば、飯もある。唯一の危険は黄泉の空気に飲み込まれないこと。異世界である、と思った方が良いだろう』と記されていた。


 脅すような本の内容を見ても、祠の気持ちは変わらなかった。


「どうする、君はこんなことを読んでもなお、阿玖斗たちを助けに行くのかい?」


 祠はすでに覚悟を決めていた。


「行きます。私にこの本を貸していただけますか?」


 真剣な表情の祠に蛟は言った。


「わかった。私は立場上ついていくことはできない。しかし、危ないと思ったらすぐに帰ってくること。阿玖斗や祓などは無事がわかればいい。そんなにさくっと殺される輩やからでもあるまい。最悪、君だけでいい、無事に帰ってくることを第一に考えろ」

「――はい。ありがとうございます」

「君のいない間は“休職扱い”にしておく。――必ず帰って来い」

「はいっ!」


 蛟の言葉を胸に、『黄泉への扉』という言うなれば黄泉へのガイドブックを手に、祠は蛟に教えられた地下へと続く扉をくぐった。


 地下に降りるとそこには真っ正面に伸びる細い道があった。


(それにしても暗いな……。まあ地下だから仕方ないと言えば仕方ないか)


 祠は人一人通るのが精一杯な幅の道を、足元に注意を払いつつさらに地下を突き進んで行った。


(待ってろよ、祓。俺がお前を助けてやる……)


 地下に入ってしばらく歩いた頃、ついにらけた場所に出た。


(ここが、神座……?)


 神座だと思わしきその場所はまさに荒れ放題だった。全体は石や青銅のようなもので出来ていて、錆びかけ、所々にひびまで入っている。


(なんていうか、こんなにボロボロなものか?)


 祠が神座に近づくと、突然神座が光り始めた。


(この本に反応してるのか? この上に乗ればいいのか……?)


 状況が飲み込めないまま、祠は神座の中央に乗った。


(――何も、起こらねぇな? 乗るんじゃねぇのか?)


 いよいよ本格的に混乱して来た祠が、キョロキョロと辺りを見回すと、小さなボタンのようなものが見えた。


(これを押せってことかっ! ったく、早く言えよ……。 っ!?)


 祠がそのボタンを押した途端、ゴゴゴゴという音とともに、今の今まで乗っていたはずの神座が消えた。


(神座が、消えっ!? てか黄泉って地下かよ!!)


 そんなことを思っている暇もなく、祠の身体は暗闇へと飲み込まれて行った。


(暗い……。すっげー勢いで落ちてるし、何か寒いし……)


 落ち続ける暗闇の中、祠は暴れることもなく、冷静に作戦を練っていた。


(まず向こうについたらまずどうするか、だよな。そんな簡単に祓たちが見つかるわけじゃあるまいし……。死神派に会ったら面倒になりそうだしな~、祓を攫ったあいつを見る限り死神派と俺たちを見分ける手段はないはず。自分から言わなきゃわからないんだとしたら……)


 祠は考えた末に死神派になりきることにした。


(ま、なんとかなるか……)


 そんなこんなで祠は思う。


(つか長くね? どこまで落ちるんだよ!)


 空中で体勢を変え、下を見ると小さな光が見えた。


(あれが出口か?)


 祠が目を凝らすと、どうやら出口にはトランポリンのようなものが張ってあるようだった。


(あれ、絶対なんかあるだろ……)


 不審に思った祠はかぎ縄を投げ、トランポリンを使わずに、着地した。

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