誘拐

「あの、八神さん……」


 道場へと向かう車の中、空気はとても重かった。


「機嫌直してくださいよ……。軽い冗談じゃないですか……」


 祓はビクビクしながら祠に話しかけた。しかし返ってきたのは、怒号でも泣き声でもなく、笑い声だった。


「お前ほんっとにヘタレだな! 俺がこんなので怒るちっちゃいやつだと思ってんのか?」

「――思います」

「ひどっ! 怒らねぇよ。こんなんじゃ。騙して悪かったな」

「別にいいですけど」

「今日はお前にいいこと伝えに来たんだ」

「いいこと?」

「ああ、お前、禊に忘れられてなかったぞ」

「はっ!?」

「さっき、情報来たんだ。あいつが少しずつ記憶を取り戻しかけてるって」

「本当ですか!? 姉ちゃんが!?」

「ああ、全く。禊の名を出したとたんにこの反応かよ……。筋金入りのシスコンだな」

「ほっといてください。仕方ないじゃないですか! 僕だって好きでシスコンになった訳じゃないんですから!」

「わかったわかった! ほら、着いたぞ。降りろ」


 約1ヶ月ぶりの道場はなんら変わっていなかった。


「ここは変わりませんね!」

「特に使わないしな」

「――ここ何のためにあるんですか?」

「修練するやつがいたときのため?」


 ドヤ顔の祠をスルーして、祓はキョロキョロと辺りを見回した。


「――そういえば今日、阿玖斗さんは?」

「そろそろ来るはずだが……。遅いな。一応呼んではいるんだ。あいつには持ってきてもらいたいものがあったからな」


 10分が経ち、大人しく待っていた祠が突然立ちあがった。


「もう無理だ! 祓、力合わせするぞ!」

「えぇ!? いやですよ、どうせ勝てませんもん!」

「いいから! 鳴沢が来るまで。勝負!」


 蹴りかかってくる祠を祓は間一髪、避ける。


「ちょっ! きゅうすぎますって!? もう仕方ないなぁ……」


 構えた祓を見て、祠が満足げに笑った。


「そうこなくっちゃ……!」


 しかし、待てど暮らせど、阿玖斗は来なかった。


「今日は悪かったな」


 結局この日は「鳴沢が来なければやりたかったこともできん!」という祠の意向により、祠と3時間ほど手合わせをしただけとなった。


「いえ、それはいいんですが。阿玖斗さんどうしたんでしょうね?」

「さあな、風邪でも引いたんじゃねぇの? 一応これからあいつの家行くから、何かあったら連絡する」

「わかりました。よろしくお願いします!」


 祠の車を降り、自宅に着いた祓は、学校の準備や夕食の支度、道場などの見回り、施錠などをしたあと、入浴を済ませすっかりリラックスしていた。

 ソファで横になり、祓がそろそろ寝ようかとウトウトしてきたそのときだった。


「うわっ!?」


 下敷きにしていた携帯が震えだしたのだ。


(八神さんから?)


「はい。どうしま……」

『祓か!?』


 祓は、いつもの飄々とした感じとは全く違う慌てた様子の祠に飛び起きた。


「そうですけど……。そんなに慌ててどうしたんですか?」

『今、鳴沢のマンションに来てるんだが……。あいつ、いないんだっ!』

「こっちには来てないですよ? どうしちゃったんでしょうか……?」

『わかんねぇ、が、誰かに狙われてたのは確かだぞ』

「狙われてた!?」

『机の上にあったんだよ。“脅迫状”というか、“メッセージ”みたいなやつが! それを見る限り、お前も危ない』

「えっ! 僕もですか!?」

『その紙に“司神術抹殺”って書いてあんだよ! 鳴沢も使える! 次に狙われるとしたら、あいつの周りで使えるやつ……。お前以外に誰がいる?』

「そんな……! 僕はどうしたら!」


 祓は震えだす体を必死に抱きしめた。


『待ってろ! お前家だよな? 今から行くから、用意して待ってろ!』

「わ、わかりま」

「ざ~んねん! “今から”じゃあ遅かったりして~」


 背後から聞こえた声に祓は悪寒が走った。その声の主は後ろから祓の首に手を回しているため、祓からは声の主の顔を確認することはできなかった。


『祓!? お前誰かと一緒なのか?』

「だ、誰かわからないんです! 顔が見えなくて……!」

『落ち着け! 何か、何か特徴とかはないのか?』

「特徴……」


 押さえつけられ、締め付けられつつある首を必死に回し、祓はその声の主の特徴を探した。


「い、色白で……。細身……。身長は、僕より少し小さめ……!」


 首に回されている腕をきつく絞められ、祓は思わずむせた。


「も~。無駄なことは言わないでくれないかな~?」

『おい! そこにいるやつ! 祓に手出したらただじゃおかないからな!?』

「やれるものならどうぞ~? 君が来るころにはもういないかもしれないけどねぇ~」

「うっ……! や、八神さ……」

「祓! 絶対助ける!」


 祠の声が遠のいていった。

 薄れ行く意識の中、祓は気味の悪い声の主の正体を見た。


「なんでここに……。ら、ん……」


 あの電話の切れ方を不審に思い、車をぶっ飛ばして来た祠は、普通なら10~20分は掛かる道のりをたった5分で到着した。


「祓っ!!」


 玄関の引き戸を開け放った祠は、道場から祓の自室から、隅々まで探し回った。

 一通り探し終えた祠は、ふと我に返り落ち着こうと、リビングのソファに座った。


(遅かったのか? いや、あいつに連れて行かれたとしてもまだ5分くらいしか経っていない……。せめて何か、何か手がかりがあるはずだ)


 すると、ソファの前のテーブルの上になにやら紙が置いてあることに気がついた。


(なんだ? この紙)


 祠が手に取ったその紙には『この紙を見てるってコトはちょーっと遅かったみたいだねぇ? 君の大切な大切な鳴沢阿玖斗と本郷祓は僕がもらってくよぉ~。返して欲しかったらココにおいで』と書いてあった。


 手紙とともに地図も置かれており、と書かれている部分からは矢印がのびており、その先には祓の姉、禊の現在の姿が貼り付けてあった。

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