修練

「はっ!」


 祓は威勢のいい声とともに左手を勢いよく突き出した。


「違う、司神術は死神を封じる術。その程度では防ぐことも出来ないぞ」


(やっと司神術を使えるって思ったけど、まず、司神術ってどんな感じなんだろう? わかんないままやってるんだけど……!?)


 連れてこられて数日後、祓はまずこの道場で祠に体術を学んでいた。具体的には空手、柔道、合気道、そしてなぜだか剣道も学ばされた。

 そして今日、やっと阿玖斗から司神術について学んでいるのだ。


「鳴沢~。お前祓に厳しくね?」

「そうか? 普通だろ。遊びじゃないんだ。これくらいしないとな」


 悪びれた様子もなく、言い放った阿玖斗に祓は息を切らしつつ、言った。


「――あの、阿玖斗さん!」

「なんだ?」

「よろしければ、なんですけど。お手本……とか、見せてくれないですか?」


 祓は上目遣いで尋ねた。しかし、答えたのは祠だった。


「は!? 鳴沢お前、何も見せずにただ教えてたのか?」

「ああ、何か問題でもあるか?」


 阿玖斗はさらっと言いのけ首を傾げた。それを見た祠はふう、と息を吐いて呆れた表情で言った。


「ありまくりだろ。祓はちっちゃいときは使えたかもしれないが、しばらく使っていない上にその使っていたときの記憶がないんだぞ? そんなやつに理論だけ教えても司神術がまず何かわかってないんだから無理に決まってるだろ……」


 祠の言葉に、阿玖斗は目を丸くした。


「そうか、確かにそうだな。すまない、では基礎から行こう」

「よ、よろしくお願いします!」


(やっとわかる……! さすが八神さん!)


「いいか、祓。まず先程も言ったとおり、司神術は死神を封じ、清浄に返す術。対死神戦には一般的に弓矢や矛を使い、両手から術式を流して戦う。ここまで質問は?」

「阿玖斗さんの武器は何ですか?」

「俺は刀だ。弓も矛も落ち着かなくてな……。他に疑問は?」

「ないです! 続けてください!」

「では次は実践にうつるぞ」


 祓は先程とは逆の右手をヒュンッと風の切る音ともに勢いよく突き出した。その右手は淡く光を放っていた。そう、祓は阿玖斗の指導のお陰で祓は司神術を使いこなせるようになったのだ。


「よし、ここまで使えたらいいだろう。これからは修錬を重ねれば重ねただけ強くなる。次は武器を決めなければな。祓、お前何がいいとかあるか?」

「特には。あ、でもあんまり重いのは……」

「それなら薙刀だろ!」


 祠が肩には弓、左手には矛、刀、右手には槍、薙刀、そして矢筒を背負ってきた。


「薙刀か……。まあ、あれだけ持ってきたんだ。好きな武器を選ぶといい」

「はい!」


(いっぱいあると悩むんだよなぁ。八神さんは薙刀がおすすめらしいけど、やっぱり重そうだし、あの大きさを振り回すのは大変そうだし……)


「祓決まったか?」

「――はい! 僕これにしたいです!」


 1時間、悩みに悩んだ祓が選んだのは"弓矢”だった。


「弓か。初代以来だな」

「初代も弓だったんですか?」

「ああ、司神術を生み出した初代は弓で戦ったと云われている。案外お前に向いてるかもな」

「どういう意味です?」

「八神の言うとおり、お前に向いているだろうな。元々初代は細身なうえ病弱だったそうだ。そのため、矛や刀など体力を要する武器は使えない。そこで弓矢を使用した、と伝えられている」

「つまり、お前には体力がないから合ってんじゃねぇの? ってことだ」


 祠はニヤッと怪しい笑みを浮かべ、祓の頭を撫でた。


「――褒められてるんですか、貶されてるんですか」

「褒めても貶してもないが、喜んでいいと思うぞ?」

「阿玖斗さんがそういうなら信じます!」

「じゃ、今日はそろそろ帰るぞ」

「あ、はい!」


 ふと時計を見ると夜7時を回ったところだった。


「お腹が空くわけですね……」

「だろうな」

「お2人ともこれからまたお仕事ですか?」

「ああ。俺はまだ仕事がある」

「俺は祓を送り届けるだけだ」

「そうですか! では阿玖斗さんにはまた今度、お礼しますね!」

「ああ、わかった。ではここで失礼する」


 阿玖斗と別れ、祓は祠とともに家路に着いた。


 1ヶ月後、祓は自宅の道場で修練を欠かさずに行っていた。


「はっ!」


 鋭く突き出された祓の右手からは、あの時とは比べ物にならないほどの光を放っていた。


「おー! それだけの力があればもう弓通じて攻撃できるかもな」


 突然聞こえてきた声に祓は振り返った。


「八神さん! いきなり入ってこないでと何度も……」

「今回は無断じゃねぇよ?」

「は……?」


 祓が言葉を詰まらせると祠の後ろからひょこっと何かが顔を覗かせた。


「すみません……」


 プルプルと小刻みに体を震わせているに祓は見覚えがあった。


「あぁ、らんが入れたの? ならいいや。ごめんね? こんな人案内させて。大丈夫だよ、仕事に戻って」

「は、はいっ!」


 乱は最近入ったばかりの門下生だった。このように司神術を習いにくるものも時々おり、その度に祓はその者たちを自宅の離れに住まわせ、身の回りの世話などをしてもらう代わりに、講師としても活動していた。


「それで? いきなり何のようです」

「だから、もっかい道場へのお誘いに来たの」

「いい年して何語尾にハートが付きそうなトーンで言ってんですか。気持ち悪い」

「いい年って言ったって俺まだ30手前だぜ?」

「僕の歳からしたらいい年ですよ。着替えるんでちょっと待ってください」


 言い放った祓は着替えるため、祠に背を向け歩き出した。すると後ろからすすり泣くような声が聞こえてきた。


「えっ……。嘘ですよね? こんなので泣くんですか!? ちょっ! 八神さん顔上げてくださいよ……」


 祓がオロオロしながら祠に近づくとパシッと手首を掴まれた。


「えっ? ちょっ!」

「――とりあえず来い」


 今まで聞いたことのないほどの低い声の祠に連れられ、祓はあの道場へ向かうこととなった。

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