封力

 数日後、祓は祠に連れられ、祓の住む葦原あしはらの中でも省庁が多く集まる磐座町いわくらちょうを訪れていた。


「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか? 誰に会わせようっていうんです」

「教えただろ?」

「八神さんに言われたのは本郷家の者であることだけです。名前も教えられてないのにわかるわけないじゃないですか!」

「だから俺の同僚だって~」


 先を行く祠の振り向かなくてもわかる明るい声に祓は若干イラッときた。


「八神さんの同僚の方で僕の親類だということはもうわかってます!」

「まあそう急ぐなって」


 何回聴いたことか、と半ば呆れながら祠についていこうと足を進ませたところ、よく磨かれた床に足を滑らせた。


「わっ!」


(転ぶっ!)と祓は身構えたがいつまで経ってもその痛みはこなかった。


(あれ……?)


「大丈夫か?」

「あ、すみません……」

「おお、鳴沢なきさわ! 待ちきれなかったか?」

「え、鳴沢って?」

「祓、だよな。俺の顔覚えてるか?」


 背後から降ってきた声に祓は、勢いよく振り向いた。軽くつりあがった特徴的な目の男性。そこにいたのは、幼いころから親しかった従兄弟の鳴沢なきさわ阿玖斗あくとだった。


「阿玖斗さん! お久しぶりです! 司神局に勤めていたとは知りませんでした」

「入ったのは最近なんだ。千早さんのこと、残念だったな。何も出来なくてすまなかった」

「そんな! 阿玖斗さんは何も気にしないでください! 本当に急でしたし、お忙しかったんですから仕方のないことです」

「そういってくれると助かる。――母さんも心配してるから、今度遊びに来てくれると助かる」


 祓は6年ぶりの阿玖斗の姿に昔の姿を重ねていた。


(やっぱり大人だなぁ、2歳しか変わらないはずなのに。背も高くなってるし、でも相変わらず優しいしかっこいい……)


「なんだ?」


 阿玖斗は祓の前にしゃがみこみ首を傾げた。阿玖斗を見つめていた祓は突然のことに驚き声が上ずってしまった。


「えっ? 何がですか?」

「俺がどうかしたか?」

「な、なんでもないですよ!」

「そうか? 変わったなぁ、とか聞こえてたけどな」

「えっ! 声に出てましたか……?」


 思わず口に手をやった祓を横目に阿玖斗はふ、と微笑んだ。


「ま、聞こえてないけどな。そんなの」

「え……?」

「かま掛けられたんだよ。鳴沢、そこらへんにしとけよ。司神術だろ?」


 阿玖斗が意外そうな顔で祓を見下ろした。


「ああ、そうだが。祓が未だに使えなかったとはな」

「あ、それがな、鳴沢。ちょっと……」


 祠は阿玖斗を首でこっちに、と合図をして祓から離し、小声で話しはじめた。


「……へぇ? 本当かよ」

「一応局長だからな、調べたんだ」


 そんなことを話しながら戻ってきた2人は祓に向き直った。


「悪かったな、祓。じゃ、早速場所変えるぞ」


 特に何も説明されることなく、2人に連れられるがままの祓がやってきたのは道場だった。


「どこです? ここ、道場?」

「そう、ここは司神局直轄の道場。祓にはここで司神術を使えるようにしてもらう」


 祠から耳にタコが出来そうなほど聞いた台詞せりふ。もう何度聞いたかもわからないその台詞に祓はふう、と息をいた。


「阿玖斗さん。八神さんにはもう何回も言っんですけど、無理なんですよ今更……。僕だって17年間、使えるようになるために色々やってきたんです。でも無理だったんですから」


 祓の言葉に反応したのは今まで話していた阿玖斗ではなく祠だった。


「それがな、祓。お前が17年間使えるようになるために頑張ってた司神術な、実はもう使えたりするんだよ」

「――どういう意味です? 何を根拠にそんなことを……?」


 祓の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだった。


(使えるって? もしそうならこれまでの17年間は何? それに本当に使えるのなら、なんで今まで使えなかったのかってことになる……)


「千早さんだよ」


 不意に母の名を出され祓は反射的に顔を上げる。


「母さん?」

「千早さんから手紙が送られてきたんだ。“あの子は本当は使えるの。幼い頃の力の強さに私が封じていただけ。でも私が寿命を迎えたとき、その術は解けてしまう。あの子は何も知らないわ。小さいあの子には強大すぎた力……。今はどうなっているかもわからない。八神、これからのこと。全て任せてもいいかしら? 優しいあなたのことだから、嫌々でもやってくれると信じているわ”って書いてあってな」


 祠はほれ、と手紙を祓に渡した。


(母さんの字……。じゃあまさか本当に……?)


「え、でも。僕、母さんが死んでも使えないままですよ?」

「よく考えてみろよ、祓。お前、千早さんが亡くなってから修練したか?」


 そう言われてみるとここ数日、祓は新当主就任のための用意や葬儀などに参列してもらった人へのお返しに加え、普通の高校生としての学業、と多忙な日々を送っていた。


「――してないですね」

「それなら、ここでやってみる価値はあるんじゃないか?」


 阿玖斗に背中を押され祓は決心した。


「分かりました。僕、修練します! お2人とも、ご指導よろしくお願いします!」

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