赤瑪瑙の絆

涼井 菜千

序章

 古来より死の近づいた者の魂を狩り、新たな人型にその魂を植えつける者を通称、かみと呼んだ。


 その神が暴走しだしたのは2307年のこと。

 かつての神はただの悪神と化し、死神しにがみと呼ばれていた。死神は次々と魂を狩り、瞬く間に増殖、分裂を繰り返し死神独自の国までもを作り出した。

 代々霊を祓うことを生業としてきた本郷ほんごう家16代当主、羽埜はやは「この世界の魂は私が護る」と言い、新しい術を作り出した。そして、自らの命と引き換えに、死神たちを束ねる王の閻羅えんらに重傷を負わせた。


 それから400年余り、迦楼羅かるらが王の座に就き死神たちをまとめていた。

 その一方で本郷家は22代まで続き、世界中の魂の危機を救う可能性のある羽埜の術は死神に対抗しうる術『司神術しじんのじゅつ』と呼ばれた。

 政府は対死神専門職『司神局しじんきょく』という専門部署を作り、本郷家は『司神任しじんのにん』についていた。


 しかし、23代当主を決めるにあたり本郷家は存続の危機を迎えることになった。


 それは22代当主、千早ちはやが病に倒れたことがきっかけで起こった。


「貴方も知っての通り、私はもう永くない……」

「――うん」

「だから急だけどはらい、今日から貴方を23代当主に任命するわ」

「え!?」

「詳しいことは八神に聞いて、急でごめんなさい。“あの子”がああなってしまった今、もう貴方しかいないの。貴方ならやれると信じてるわ、祓……」


 それからまもなく千早は息を引き取った。

みそぎのこと、ごめんね……。あとのこと、お願いね……」と言い残して。


「嘘だろ……」


 祓の手には、千早から渡された瑪瑙めのうの勾玉でできたペンダントが握られていた。


(これ、初代から代々引き継がれてきたものじゃん……)


 1週間後、葬儀やら何やらが終わり、祓は当主に任命された重さを感じ始めていた。


(そっか、当主ってことは家のことだけじゃなく司神任も引き継いだことになるんだよなぁ……)


「何辛気臭い顔してんだよ~」

「っ! 八神さん!」


 背後から現れたのは政府の司神局の局長、八神やがみほこらだった。祠とは祓が生まれたときからの付き合いで、八神家は本郷家には羽埜の代から補佐をしていた。


「よう、久しぶりだな。祓ちゃん?」

「ちゃんはやめてください……」

「今回は大変だったな、千早さんも急だったし」

「そうですね……。それで、八神さん。僕は何をすればいいんですか?」

「何って……、司神任の仕事と本郷家の取りまとめ?」

「だから、その具体的な仕事を聞いてるんです!」

「っていわれてもなぁ、閻羅えんらはまだ出てこないし、迦楼羅かるらの動きも見えないし……」

「――姉ちゃんはどうなりました?」

「あぁ……。あいつは、順調に死神に近づいてこっちのときの記憶は欠片も覚えてないらしい。――やっぱり心配か?」

「そりゃあ姉弟ですし」

「シスコンだしな、お前」


 祠はニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべ祓をチラッと見た。


「シスコンは余計です……。姉ちゃんがいれば僕は当主にならずにすんだのに」

「祓、それは違うぞ。お前は確かに司神術は使えないが、どういう訳か死神を集める体質だからな、千早さん、言ってなかったか? 『この子は当主になるために生まれてきたような子なのに、何故使えないのかしら』ってな」

「でも司神術においても、体力においても姉ちゃんの方が数倍上でしたもん。性格もさっぱりしてるし僕みたいに優柔不断じゃないし……」

「優柔不断なんて今に始まったことじゃないだろ」

「そうですけど!」


 祠は先程まで浮かべていた薄ら笑いをやめ、真剣な顔で言った。


「祓。もう何を言ってもお前しかいないんだ。"禊”を倒すのがお前の使命なんだから」


 祓はため息をつき席を立ち、台所へと向かった。


「倒せって言われても、姉ちゃんは結界の外ですよね? 僕がそっちに行ったら僕は魂を狩られるのでは?」


(そうだ、どうせ僕には司神術を使えないんだ。そんな僕に何が出来るって言うのか……)


「そんな祓くんに朗報があるんだな~」


 いつの間にか隣に来ていた祠がウインクをしていた。


「朗報?」

「俺の会心のウインクには何も触れてくれないのな……」

「はい。いいから、朗報って何ですか」

「さっきお前が言ってた結界の向こうに行けるかもしれないんだ」

「かもしれない?」

「ああ、まだ研究段階なんだがな」

「で、もし仮に結界の外に行けたとして、僕は何を?」

「倒すんだよ」


 祓は悪びれもなくさらっと言う祠にだんだんと怒りが込み上げてきた。


「――だから無理だって言ってるじゃないですか! 僕には司神術は使えない! 司神術がないと死神に立ち向かうことも出来ないんだ! そんな僕がどうやって姉ちゃんを倒せって言うんですか!!」


 何もわかってくれない祠に対する怒りと何も出来ない自分への悔しさからか祓の頬には一筋の涙が流れていた。


「祓……。泣くなよ」

「泣いてないっ! 大体、八神さんも八神さんですよ。僕に何も出来ないことを知ってて姉ちゃんを倒せ、なんて。無理に決まってるじゃないですか」


 一通り言い終えた祓は夕飯を持って居間に戻った。


「それは違う、祓。俺はお前を迎えに来たんだ」


 祠の声には耳を貸さず祓はいただきます、と言って食事を始める。


「……司神術を取得させるために」


 その言葉に祓は目を丸くして祠を見た。


「どうやって?」

「俺の同僚が使えるんだ。司神術」

「同僚? 一般人がなぜ……」


(ありえない、司神術は唯一本郷家に許された術のはず……)


「同僚とは言ったが本郷の人間だ。お前も知っているはずだぞ?」

「は……?」


(僕が知っている本郷の人間?)


 祓の頭の中には誰の姿も浮かばなかった。


「誰ですか……?」

「ま、詳しくはまた今度な。今週の土曜、暇だろ? 11時に迎えに来るから、準備しとけよ~」


 そう言い残し、祠は去っていった。

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