第6話

「……という事でした。すいません、力になれなくて……」


 幾分か落ち着きを取り戻したバフォットは、項垂れるキティーナから受け取った首飾りを弄んでいた。


「それ、村長さんがお守りだって……バフォットさんに差し上げます」


「いや、要らないよ……お前が着ければ良いじゃねぇか。俺はただ……家の隅で怯えていただけだ、貰う権利なんて無い……」


 改めて――バフォットは立ち上がり、キティーナに深々と頭を下げた。


 その行為が余りに似付かわしくなく、キティーナは呆気に取られてしまった。


「いきなりの事で取り乱していたとはいえ……女のお前に、しかも……垂れ耳なのに、村まで行かせて……」


 本当にすまねぇ! バフォットの尾が萎み、股の下で震えていた。


「い、いえ……バフォットさんが生活の基盤を作ってくれたようなものです、これぐらいしかお役に立てませんから……」


 キティーナの言葉にも、しかしバフォットは顔を上げず沈黙していた。どうしたものかと彼女は首を捻り、徐に首飾りを手に取った。


「……お、おい」


「よい……しょっと。はい、どうですか? 似合いますよ!」


 バフォットの胸元で輝く、赤い宝石……。キティーナは素早く彼の首に提げさせたのである。


「私、こういった光り物……前の世界では着けた事が無いんです。似合わないと思うんです、私なんか……」


「…………そんな事、分からねぇだろ」


 垂れた耳がピクリと動いた。


「……どうするんだよ、好きな男から宝石を貰ったら。似合わないって突き返すのかよ」


「それはしませんけど……第一、好きな男性に出会えるかどうかも……この世界じゃ分かりません」


 苦笑いするキティーナを、バフォットはジッと見つめていた。


「……まぁ良い。それより……俺、ここを離れようと思う」


 えっ――と、キティーナは二の句を継げなかった。


「ど、どうしてですか! ここにいればもしもの時は……村の人が助けてくれるって……」


「そこまで漕ぎ着けてくれた事は本当に感謝している。でもな……お前はともかく、そいつらを頭から信用出来る程……俺は真っ直ぐじゃねぇのさ」


 困惑するキティーナに構わず、バフォットは戸棚の方へと歩いて行った。


「大丈夫だ、これまで一人でやって来たんだ……それに、俺は男だ。これ以上お前に世話になったら……馬鹿な俺は勘違いする」


 バフォットは酒瓶を取り出し、キティーナの前に置いた。


「以前持って来てくれたやつだ。取って置いたんだが……お前に返すよ。俺は生きるんだ、甘えや思い出を……断ち切ってようやく、一人前になれるんだ」


「でも……! 目星は付いているんですか? 何処か引っ越し先とか……そうだ、私の家にしばらくいれば――」


 馬鹿かお前は――バフォットは怒声を飛ばし、キティーナのなだらかな肩を震わせた。


「お前に他意が無いのは分かっている、ただ優しさだけで……俺を匿ってくれようとしているのも分かる。だがな、俺とお前は女だ! 間違いが絶対に起こらないとは約束出来ない!」


「そ、そんなつもりで言った訳じゃ……」


「そうだろう? だが相手はどう思っているか分からないだろうが! 勘違いした俺に押さえ付けられ、穢される――ここまでやられないと、お前は『私は間違っていた』と気付けない馬鹿女か?」


 段々と……キティーナの目に涙が浮かぶ。なおもバフォットは続けた。


「優しいのはお前の長所だ、だが……全員が全員、お前の思い遣りを正常に受け取ると思うな! 俺が良い例だ、お前の好意をこのような形で踏みにじる……最低野郎なんだよ」


「……違う、違います……バフォットさんは……」


「……それとな、もし二人で暮らしていたら……執行者に襲撃を受ける確率は上がるだろう? 俺達はお尋ね者さ、いつだって死に怯えなくちゃならん……。前世は短くして死んだんだ、今度こそは長生きしたいんだよ」


 分かったら消えろ、垂れ耳。


 バフォットは扉を開け放ち、外に向かって指差した。


「あ、あの……最後に……絶対に行きませんから……何処に向かうかだけでも……」


「教える訳無いだろうが。どんな些細な事でも情報は流したくない……さぁ、もう俺も出発する、消えろ、頼むから消えてくれ」


 垂れた耳をペタリと頭に付け……キティーナはシクシクと泣きながら小屋を出ると、何度も振り返りながら――。


 近くて遠い、二人を引き離す山へと消えて行った。




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