第5話
「何だよ……まさか代金にイチャモン付ける訳じゃないよな」
「違います、その……村長さんの家は何処かなと……教えてくれませんか」
店主は溜息を吐き、キティーナを手で払うようにして追い払った。
「あのな、村長がお前に会う訳無いだろう? 確かにお前は薬を卸に来ているが……しかしな、そこまで村は迎合するなど――」
「お願いします! 私の事じゃないんです、友人の事でお願いに……」
友人? 訝しむように店主は彼女を見つめた。
「お前に友人なんているのか? 寝言は寝床で言うものだ……もう行ってくれよ、商売にならない」
さぁ行ってくれ――店主はそっぽを向き、店の奥へと引っ込んでしまった。
自分で捜すしか無いんだ、村長を……。
キティーナはなるべく人目に付かないよう、隠れながら村の中を歩き回った。しかし家はどれも同程度の規模であり、段々と彼女に焦りが生まれた。
「何だい、垂れ耳。彷徨いて良いだなんて誰も言っていないよ」
太った女が尾を膨らませ、彼女の元へとやって来た。
「す、すいません……その、村長さんを捜していまして……」
はぁ? と女は大袈裟に聞き返した。
「何で? あんたが? 一体何の為に?」
「私の事じゃないんです、友人に関する事でして……お願いします、家を教えてくれませんか」
「駄目だよ。あんたなんかに教えたら申し訳無いだろう? 第一村長が――」
女は目を見開き、キティーナの背後を見つめていた。俄に彼女も振り返ると、そこには白髪の目立つ小さな老爺が立っていた。
「これはこれは、エクルさん……儂がどうしたのかね」
老爺はキティーナの方を見やり、垂れた耳から足下まで視線を動かした。
「そ、村長……いやね、この女が何か話があるとか……」
「儂に?」
キティーナは姿勢を正し、村長に向かって一礼した。
「村長さん、急なお話になります事を……お詫び致します。でも……どうしても聞いて欲しい事がありまして……」
ふむ……と、村長は鼻から息を抜き、無言で歩き出した。
「あの……」
「茶は出さんぞ、垂れ耳」
全てを話し終え、キティーナは袖で額を拭った。目上の者に対して熱弁を振るった事が無かった。
村長は髭を撫でながら遠くを見つめ……「悪いが」と呟いた。
「お前さんの言う事は理解しても……あのはぐれ者を村に迎える事は出来んよ」
「……そんな……!」
「お前さんも知っているだろうが、あの男はこの村を捨てたんじゃて。この辺りの獣人は調和を重んじる……『陰気臭い』と言って抜け出したのはアイツの方だ、何故に匿う事など……」
「……でも、それでも一人で暮らすのは危険です! お願いします、どうかあの人をもう一度村に――」
そもそも――村長は気怠そうに言った。
「あの男を村に迎えたとする。それは良いが……さて、執行者とやらがこの村にやって来ないと、そして……危険が村人に及ばないと言い切れるのか?」
「……それは……でも……」
「でも、でも、でもと……お前さん、少しはこちらの言い分も聞いてくれんか。儂はな、一応村の長じゃて。村人の安全を考えなくてはならん立場故、儂の選択は間違っているとは思えん」
村長は細い尾を揺らした。
「まぁ、儂の方から青年達に言っておくでの。何かあったらその男を助けてやれ……と。儂が出来る事はそれぐらいじゃて、すまんの……」
項垂れるキティーナは、しかし長居も無用の為に立ち上がった瞬間……。
「あぁ、そうじゃ。年寄りの気休めだが……コイツをやろう」
「……首飾り、ですか……?」
紐の通された小さく赤い宝石が、彼女の手で転がり、輝いた。
「昔はこの村でも採れたんじゃが……駄目じゃな、鉱脈も干涸らびたかの。ただのお守りじゃて、一つしか無いが……」
綺麗な宝石、ルビーみたい――キティーナは日光に当て、石の中で爆ぜるような輝きを楽しんだ。
「それとな、垂れ耳さん」
村長は微笑み、腰を伸ばした。
「腰痛の薬、いつもありがとうよ。……これは与太話、遙か昔々の言い伝えじゃ。垂れ耳を持つ女は――」
別の世界から、幸せを求めて来たんじゃと。
キョトンとするキティーナに、老爺は嗄れた声で笑い掛けた。
「ま、そこまで耳を気にするな。儂はな、誰にも言っていないが……若い頃に妻がいた。山賊か何かに襲われて死んでしまったが……美しい女だった」
「……そう、でしたか……」
丁度、こんな感じじゃ――村長は自らの耳を掴むと、下に向けて引っ張った。
「儂の妻はな、お前さんと同じく垂れ耳じゃった。誰よりも笑い、誰よりも泣いた。他人の悩みを当人よりも重く受け止めた。不器用で、お人好しで……」
最愛の女性だったよ。
村長は手に残った毛を吹き飛ばし、キティーナに背を向けて……家の奥へと消えて行った。
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