第4話


「執行者って……何処で聞いたのですか」


 キティーナが屈み、バフォットと目線を合わせた。既に執行者の一人を殺害した事を……今は黙っている事にした。


「……この山、たまに行商が通るだろう……そいつらに聞いたんだよ。……噂によれば、善悪に関係無く襲って来るらしい……」


 辿々しくも、バフォットは突然に殺された、ある国の神父の話をキティーナに聞かせた。


 行商人曰く、神父は町民に好かれ、最後の日も子供達を連れて薬草採りに出掛けたのだという。


「……その神父が転生者かどうかは知らねぇ……でも、俺は直感で分かったんだ……そいつもきっと同胞さ。何も悪事を働いていないのに殺される? じゃあ俺なんか……真っ先じゃねぇか……!」


 バフォットの背に――キティーナが触れた。上下にゆっくりと撫で始めると、彼女は落ち着いた声で問い掛けた。


「そんな事……ありません。そもそも、悪い事なんて……していないでしょう」


「ぶっ殺したじゃねぇか! 村の奴らを!」


「私の為、でしょう」


「違う! 虫の居所が悪い時、俺の前を歩いたからだ!」


「教えてくれましたよね……生きる事は殺し合いだって……」


 俄にバフォットが顔を上げた。何かを慌てているらしかった。


「……だから、それは言葉の綾で――」


 私もね――キティーナが彼の言葉を遮った。


「殺しました、一人。……その人、執行者だって言っていました」


 彼はパチパチと瞬きをしてから、キティーナの肩を揺さぶった。


「お、お前……殺したのか、人を……というか執行者を! 逃げれば良いじゃねぇか……人殺しなんて、お前に出来るもんじゃないぞ!」


「確かに、今の私には出来ません。でも……」


 キティーナは自身の細い腕を撫で、暗い声で言った。


すれば、出来るんです」


 小屋の外で木々がざわめいたが……ビクリと肩を震わせたのはバフォットだけだった。


「……私、今までバフォットさんに助けられてばかりでした……でも、ようやく恩返しが出来るみたい」


「恩返し……いや、要らねぇよそんなもん……第一、俺一人で――」


「村まで買い物に行けますか? 外を歩けますか? いつ来るか……分からない執行者に恐れを抱きませんか?」


 出来ないでしょう。


 反論しようとしたバフォットに構わず、キティーナは立ち上がって扉へと向かった。


「ど、何処に行くんだ……」


「村です。これから村長さんに掛け合って、貴方を匿って貰えるよう交渉して来ます」


「……余計な事をするんじゃねぇ! 元々村暮らしが肌に合わなくて山に来たんだ! だから俺は――」


 お友達ですから、私達。キティーナは微笑んだ。


「この世界で知り合ったお友達じゃないですか、私達。バフォットさんが暮らせるよう、頼んで来ますからね」


 カチャリと音を立てた瞬間、バフォットは「待て」と叫んだ。


「……お前はどうするんだ、また執行者が来るかもしれない、時間も人数も性別も何も分からない相手を……お前一人で立ち向かえないだろうが! 村に引っ越すのなら、お前も一緒に来い!」


「バフォットさん。それは出来ません……だって、ほら――」


 キティーナは頭上の垂れた耳を掴み、困ったように笑った。


「私、垂れてますから」


 ちょっと行って来ますね。


 バフォットの制止を無視し、彼女は村の方へと駆け出した。

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