第3話

「……誰か、亡くなったのですか」


「え? あぁ、いや……若い者が事故でな……」


 村人達が大きな箱の前で涙を流し、慣習らしく赤い花をその上に並べていた。


 箱の数は三つ――キティーナは「ご愁傷様です」と店主に言葉を掛けたが……。


 箱に入っている者は一体誰か――見当は付いていた。


 そう、そういう事だったのね。店主さん、貴方が彼らに指示を出したのでしょう?


 以前の彼女なら罪悪感に顔を暗くしたであろうが、しかし今は違った。


「……何だい、その顔……」


 店主の尾が丸くなり、股の間を潜った。


「……止めろ、どうして俺を責めるような顔をするんだ……!」


「い、いえ……そのようなつもりはありません……疲れているんですね、失礼しました」


 キティーナは風呂敷を畳みながら頭を下げた。


 視界が下を向き、地面を見つめている時……彼女は酷く冷めた表情だった。


 責めてどうするの? 楽になるのなら、もっと良い方法があるのに。


 身体の奥が疼くようだった。


 閉じ込めている何かが顔をもたげ、ジッと暗い底から視線を投げ掛けてくるような――嫌なざわめきが、キティーナの心奥に潜んでいた。


 キティーナはしばらく歩き、村の方を見やった。中央の広場から煙が上がっていた。


 火葬するんだ、この世界でも――彼女はふと、二日前に燃やした狩猟者の事を思い出した。


 自分よりも圧倒的に強そうな男が、いとも簡単に死んでしまった。恐らく、私の攻撃で――。


 意地悪そうな店主の顔、二度に渡って襲撃を掛けて来た男達の顔……それらが纏まって脳裏に過ぎり、キティーナは呆れて笑った。


「弱い癖に。私が本気を出したら――貴方達なんて」


 すぐ殺せる。


 山道を歩き続ける間、彼女はケラケラと笑いながら……。


 涙を流し、自身に眠る獣性を恨んだ。


 私は生きる世界を変えたかった。幸せになりたかった。それなのに……今では何? 邪魔な人を殺せる力を持てて、しかも喜んでいる。


 異世界に転生して、やりたかった事はこれなの?


 キティーナは自問自答を繰り返す内に……正規の帰路を外れていた。


 他人に是非を問いたい。自分の罪を裁いて欲しい――その溢れんばかりの欲求が、果たして彼女を自宅ではなく……。


 同胞、バフォットの小屋へと向かわせた。


 約束もしていない。留守かどうかも分からない。それでも……私、誰かと話をしたい。対等な立場で話をしたい!


「……バフォットさん、バフォットさん」


 コンコンと扉を叩くキティーナ。返事は無かったが――彼の気配を彼女は感じた。


「私、キティーナですよ。ちょっと……お茶しませんか」


 やはり返事は無い。そのまま帰るのも勿体無く思われ、彼女は意を決して扉を開けた。施錠はされていなかった。


「失礼します……あ、やっぱりいるじゃないです……か……?」


 粗暴な振る舞い、相手を訝しむような目付き、絶対に弱みを見せないはずの男は――。


「……バフォット、さん? どうされたんですか……」


 部屋の隅で小さくなり、子供のようにカタカタと震えていた。上を向いて立つ耳は萎れ、黒い尾は身を守るように……身体に巻き付いている。


「お、……お前……か……」


 不安、怯みの混じった声だった。敵意を持たないキティーナの一挙手一投足すらも、今のバフォットにとっては恐怖らしかった。


 ゆっくりとキティーナが歩み寄る。彼はキティーナをジッと見つめていた。


「ぐ、具合でも悪いんですか? 今すぐ薬を――」


「……お前は……お前は知って……いるのか……」


「え? 何をですか? 落ち着いてください――」


 お前は! バフォットが震えながら言った。


「お前は……を知っているのか……!」


 二日前、肉塊へと変わった男が見せた名刺――俄にキティーナは、そこに書かれていた文字を思い出した。

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