首飾り

第1話

 青白い月が昇った深い夜。キティーナは汗塗れになって跳ね起きた。


 ゼェゼェと息を切らす彼女は、「荒唐無稽だが妙に現実感のある夢」の映像を振り返っていた。




 彼女は山道を歩いている。足取りは軽い、背負い籠の重さは無かった。


 途端に後ろから怒声が聞こえる。二度も現れ、最期はバフォットに殺された男達のものだった。


 すぐに逃げ出したキティーナは、しかし段々と足が重くなっていく。泥の上を歩くようだった。


 果たして彼女は捕まり、男達に服を破かれていく。彼女は叫び声を上げた瞬間――。


 視界が一気に高くなった。


 腕に、足に、全身に……輝くような体毛を纏っていた。


 呆然とする男達を見下ろす彼女は、徐に刀剣のような爪が生えた手で――。


 男達を薙いだ。俄に身体は両断され、立ち上る血液の臭いが鼻を突いた。


 キティーナは動かなくなった男達を踏み付けると、勝ち鬨を上げるように大きく吼えたのである。


 夢はここで終わった。




 台所に向かい、汲み置いた水で顔を洗うキティーナ。


 唇は青く、カタカタと歯が鳴っていた。


 獣に変身した事に恐れていたのではなく――「殺人を犯したにも関わらず、晴れ晴れとした気分」に怯えていた。


 このような夢を見るのは、既に三度目であった。


 私、おかしくなったんだ。夢の中で……死んだ人にもう一度復讐して……そして……スッキリしているなんて……。


 戸棚に向かい、手製の精神安定薬を飲んだ。ベッドに腰を掛け、暗闇の中で俯くキティーナは次第に落ち着きを取り戻していった。


 何気なく、細い腕を見やる。夢の中のような体毛は無く、滑らかなものだったが――。


 肌の奥底で何かが……蠢くような、不気味な疼痛を彼女は覚えた。


 大きな尾がピクリと動く、それに伴い布団が微かな音を立てる。


 月を隠していた雲が動き、粗末な窓から月光が差し込んだ。病的な色の光が布団を照らし……。


 黄色く、長い体毛が一本――布団の上に落ちていた。


 薬がよく効いた為、彼女はその体毛を……ただ、ボンヤリと見つめているだけだった。


 それを手に取り、フッと息を吹き掛けて飛ばすと、ユラユラと頼りなく宙を舞った。


 眠れないな。今日も――。


 戸棚に置かれた酒瓶を取り出し、木製のコップに注いでいく。キティーナはそれを一息で飲み干し、二杯目を注いだ。


 何をやっているんだろう、私。前の世界ではこんな事……。


 五杯目の酒を飲み終えた後、キティーナはベッドに寝転び、壁の方を見やった。


 誰もいない小屋。一人で酒を飲み、夢に恐怖し、生きるだけ――楽しくない。


 目頭が熱くなるのを覚え、彼女は「転生後の願い」を思い出し……力無く笑った。


 叶う訳、無い。こんな私を、垂れた耳を……好いてくれる人なんていない。何もかも……もう……。


 壊れれば良いのに。


 布団に染みが点々と生まれた時――。


 猛烈な勢いで扉が開いたのである。突然の音に身体を大きく震わせた彼女は、身を竦めて玄関を見やった。


 棒状の何かを持つ、大きな男がそこにいた。獣人のような耳や尾は無く、開かれた双眼は血走っていた。


「どっ……どちら、様ですか……」


 男は懐から一枚の紙を取り出すと、キティーナの顔と紙面を交互に確認し……。


 低く、唸るような声で言った。


だな」


 何か声を上げようとしたが……しかしながら彼女は、口をパクパクとさせるだけだった。


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