第2話

 キティーナは皆の視線が集中する方を見やり……目を見開いた。


「な、何だい……山を降りて来たのかい……バフォットさん」


 太った女の獣人が、苦笑いを浮かべて二人目の訪問者を見つめる。


「俺だってたまには山を降りる。酒を買いに来たんだが……何の騒ぎだ」


「あ、あぁ……聞いておくれよ、垂れ耳が毒薬を売りに来たんだよ」


 村人達はバフォットの放つ異様さに恐れをなしているらしく、彼が移動する毎に近くの獣人が半歩引き下がった。


 バフォットはキティーナの顔を見つめ、一瞬だけ――小さく頷いた。


「垂れ耳……、そんな奴。おい垂れ耳、滋養強壮の薬はあるか」


 俄に村人がざわついた。


「あんた、まさか飲むのかい? 止めときなよ、ただの毒かもしれないよ」


「毒で殺したいなら、井戸にでも注げばそれで済むじゃねえか。……おい女、どの薬だと聞いているんだが」


「……あ、あの……この瓶に入っています」


 キティーナの差し出した瓶を乱暴に受け取り、バフォットは――あっと言う間に飲み干した。


「ちょっと……本当に大丈夫かい、あんた!」


 バフォットは袖で口元を拭い、「おぉ?」と身体を擦った。


「……ふむ、これは凄いな。身体が軽くなる毒なんぞ、初めて飲んだ。おい、垂れ耳」


「は、はい……」


「お前、この村の雑貨屋に薬を置いてくれねぇか? 気に入ったぜ、俺」


 キティーナは呆けたような表情で彼を見つめた。


「バフォットさん……それはちょっと難しいぞ」


 男が窺うような顔で言った。


「じゃあお前も飲め、この通り俺は元気そのものだ。おい垂れ耳、もう一つ寄越せ」


 差し出された瓶を見つめ、男は冷や汗を流していた。しかしながらバフォットの「飲め」という指示に従い、恐る恐る飲むと……。


「どうだ」


「……いや、確かに……毒じゃない……な……お、おぉ……! 何だか疲れが取れるような……!」


 村人達は元気になった男を、最初は訝しむように見ていたが――やがて視線は他の薬に移っていく。


「……他にも、そんな薬があるのか」


「……は、はい! 疲れを取る薬、筋肉痛に効く薬、風邪や腹痛を和らげる薬……一杯あります!」


 現金な村人達は彼女を取り囲み、種々の効用を持つ薬を手に取っては「これは幾らだ」と問い掛けた。




 果たしてキティーナの薬は完売し、また雑貨屋にのみ出入りが出来るという協定を結ぶ事が出来た。


 そして彼女は――いつの間にか消えていたバフォットに礼を言うべく、粗末な小屋を訪ねた。


「バフォットさん、バフォットさん!」


「何だ、また来たのか」


「今日は……貴方がいなければ……私、私……」


 しばらくの間があり、バフォットは扉越しに言った。


「とっとと消えろ。それとも何だ……俺が『サクラ』を働いたと、誰かにバレても良いのか」


 分かったら失せろ、垂れ耳――屋内から何かに横たわる音が聞こえた。


 キティーナは何度も扉越しに頭を下げ、買って来た酒を二本……扉の前に置いた。


 彼女が小屋から離れて五分後、扉がゆっくりと開いた。


「二本……、自分の分まで置いていくか。馬鹿な奴だ」


 バフォットは酒瓶を持って小屋に入ると、その内の一本を開け、もう一本は戸棚にしまい込んだ。


 椅子に座った彼の荒々しい尾は――左右にソッと振れていたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る