唾棄

第1話

 初めての調合を終えた後、キティーナは毎日のように山の中へと分け入り、その度に背負い籠を採取物で一杯にした。


 有用な食物や植物は大量に発見する事が出来たが、しかし個々の名前が分からない。


 キティーナはそれぞれに名前を与え、小屋に捨て置かれた雑記帳に「名前」「効用」「調合出来る薬」を記していった。


 滋養強壮薬、筋肉痛の緩和薬、総合感冒薬、精神安定薬、胃薬……。不思議な事にそれらが完成したと同時に、効用が直感的に閃くのであった。


 自らに与えられた能力、それは「調剤能力と効用判定」なんだ――キティーナは誇らしげに、段々と埋まっていく雑記帳を眺めた。


 しかし……彼女は思った。


 調剤出来るのは分かったけど、これをどうやってお金に換えれば良いのだろう?


 ふと……麓の獣人達が思い出された。


 彼女の垂れた耳を忌み嫌い、挙げ句には暴力に訴えようとした連中との再会を考えるだけで――キティーナは身体が震え出した。


 この世界でも結局、一人で生きて行かなくてはならないのか……。


 彼女は戸棚に並ぶ薬を見やる。


 いつ、私達は正規に使用されるのか?


 一つ一つが、怯える彼女を責めるようだった。


 誰か一人でも良い、この薬が「本物」であると分かってくれる獣人がいれば……きっとお金を稼げるのに。


 キティーナの思考に、同郷の転生者であるバフォットは浮かばない。


 この数時間前に彼女が訪ねて「薬を麓の村で売り捌いてくれないか」と依頼した時、彼は素気無く断った。


「手前の力で稼がなくてどうするんだ。俺とお前はただの知人であって、夫婦ではない。お前を助ける義理は無いんだぞ……それに、あの村へは行きたくないんだ」


 全く彼の言う通りだった。


 同じ山に暮らしているという事以外、二人の間に相互扶助の協定が結ばれた訳でも、知人以上の関係を築けた訳でも無かった。


 独立独歩の精神――今の彼女に最も必要なものだった。


「私……頑張らなくちゃ」


 俄にキティーナは立ち上がり、持っていた服を丁寧に洗い始めた。


 少しでも綺麗に、少しでも印象を明るく――。


 屋内を縦断するように張られた紐に、少しは綺麗になったボロの服が吊されている。


 布を身体に巻いているキティーナは、多少の肌寒さを覚えつつも……。


 いやあ、良い薬だな、これは――と獣人達に褒めて貰える事を考えていた。


 空想の中の彼女は、垂れた耳をピクピクと動かし、顔を赤らめていた。




「おい、垂れ耳。この前は確かに『二度と現れるな』と言ったはずだが」


「あの……お願いします、今日は少しだけ……お話を――」


「お前の話なんぞ聞く訳が無いだろう? それとも何だ、食べ物でも恵んでくれと言いたいのか」


 ゲラゲラと村人達が笑った。訪問者のキティーナを取り囲む彼らは、口々に「汚い」「卑しい」と罵倒を浴びせている。


「いえ、食べ物ではなくて……」


「ほら、くれてやれ。垂れ耳でも腹は空くらしい」


 一人の男がそう言うと、何処からともなく野菜の屑がキティーナの顔に当たった。


「や、止めて……」


 他の獣人達も面白がって、ゴミや魚の骨、小石などを投げ付けた。


 尾を丸め、頭を庇う彼女の背負っている風呂敷を、やがて一人が奪い取った。


「何だこれ。……薬か?」


「そ、そうです! 私、薬を調合出来まして……村の皆さんに使って貰えたら……って」


 とうとう村人達は腹を抱えて笑い始めた。


「……オイオイ、笑わせないでくれよ? 何処のどいつが、垂れ耳の作った薬を信頼して飲むと?」


「おぉ嫌だ嫌だ、ウチの子に毒を飲ませるつもりだよ! 子供を作る相手がいないからって、他人様の子供を殺そうってのかい?」


 笑い声は次第に……非難へと変わり、キティーナに怪我を負わせてやろうと提案する者も現れた。


 私、この世界でも虐められるんだ……。


 キティーナは鼻の奥がツンとした感覚を覚え、段々と視界が潤み始めた。


 その時であった。


「あっ」と村人の一人が声を上げたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る