第5話

 見るのも初めてな果実、草、キノコ、山菜らしきもの……。


 キティーナは籠一杯に入った山の幸を前に、腕を組んで眉を細めた。


「生きるなら金が必要だ、残念ながらこの世界でも金の概念はある。お前は金を稼ぐ方法を模索しなきゃならん」


 先輩転生者、バフォットの言葉が彼女の頭を巡る。


 キティーナは着ている衣服に目をやり、大きなため息を吐いた。


 みすぼらしく継ぎ接ぎだらけの服は、浮浪者のような風体をしていた。


 家の中もひどく殺風景で、家具らしい家具はベッドと棚のみ、後はボロボロの台所(と彼女が呼んでいる机)ぐらいであった。


 彼女は危険の無い食物を見分ける能力を持っていたが、確かにその能力で生存自体は可能だった。


 しかしながら、キティーナは生活を謳歌したいと願っていた。


 家具を揃えるのにも、何らかのサービスを受けるにも、対等な取引を行うにも、それら全ての行為には「金銭」の介入が必要不可欠である。


 キティーナはよくそれを自覚してはいたものの、金銭の取得方法を考えあぐねていた。


 生業の獲得、それが彼女の急務だった。


 キティーナは青い果実と面積の広い葉を手に取り、何の気無しに匂いを嗅いだ。


 その瞬間、何処か気が楽になるような、心中に広がる暗雲が一条の光によって掻き消されるような感覚を覚えた。


 どちらか一方の匂いを嗅いでも、その感覚は分からない。


 二つ同時に嗅ぐ時にだけ、精神安定に似た効能を示す事を彼女は悟った。


「これとこれをセットにして売れば……」


 だが――彼女は考える。


 抱き合わせで仮に売れたとしても、いちいちそれらを用意して客が気分転換をするだろうか?


 自分なら面倒な事この上無い、とキティーナは思った。


 この組み合わせから得られる効果を、手軽に感じられる方法は無いのかな――。


「――そうだ、薬だ」


 以前の世界、彼女がまだ第一の人生を過ごしていた世界には、様々な薬が店頭に置かれ、病気の諸症状を和らげる効果をそれぞれが持っていた。


 売られていた薬のような高度な調合は出来ないだろうけど、それでもやるしか道は無い――。


 キティーナはすぐに外へ出掛け、平たい大きな石と太い木の枝を拾って戻った。


 子供の頃に読んだ絵本に出てきた老爺が、これと同じ方法で薬を作っていた事を思い出したのである。


 果実と葉を石に置き、枝で丁寧に擦り潰す。


 それから彼女は、出来た混合物を一口舐めてみた。


 つい先ほど感じられた効果より、更に強いものをキティーナは感じた。


「出来た……私の、仕事――」


 薬師の真似事は、彼女にとっては「人並みの生活」への大きな一歩であった。

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