第4話
彼女が生まれ変わった二日目の夜。
キティーナは粗末な寝床で蹲っていた。
「どうして垂れ耳のあんたに仕事を紹介してやらなきゃならないんだい? 私達の運勢まで悪くなっちゃうよ」
「おい、お前の耳は不吉な耳だ。この村から早急に出て行け、出て行かないならこちらにもやり方ってもんがあるぞ」
彼女が麓の村で浴びせられた言葉の一部である。
特に「やり方」について話した男に関しては、周りの者を引き連れてキティーナに暴力を働こうとした。
キティーナは朝早くに小屋を出て、麓の方から登ってくる料理らしい匂いを辿り……。
果たして獣人の村へと辿り着いた。
当初、彼女はバフォット以外の獣人とも交流を持とうと考え、村へと下ったのである。
最初に出会った老婆は、キティーナの耳を見た瞬間に「おぉ嫌だ嫌だ」と煙たそうに顔を背け、そそくさと家の中へ入った。
また子供達は彼女を見付けると小石を投げ付け、「罪人が来た」とはやし立てた。
予想外の村人の反応に、キティーナは「垂れた耳を持つ者は迫害を受ける」と結論、逃げるようにして帰り道を走った。
やっぱり、私は前の世界で親不孝を働いたからだ。その報いを受けているんだ――。
帰宅した彼女の顔は暗く淀み、ろくに夕食も食べず寝床へと向かい、現在に至るのであった。
ふと、キティーナは垂れた耳を触る。
確かに、他の獣人は皆一様に天を向き、堂々とした形をしていた。
バフォットもそうだった――。
不意に自身と同じ境遇の獣人、バフォットの顔が思い出された。
特段彼に恋をしたり、または思い煩ったりするという訳ではなかった。
会って話を聞いてほしい、愚痴をこぼしたいという、友情に似た感情をバフォットに抱いていた。
明日の朝、あの人の元へ行こう。
キティーナは部屋の隅に置かれた背負い籠を見つめ、コロンと転がるようにして眠りに就いた。
太陽がまだ頂点へ昇り切る前、キティーナはバフォットの住む小屋の前にいた。
勇気を出してノックをするも、その勇気は無駄なものであった。彼は留守だった。
何処かへ出掛けているのかな。
キティーナはバフォットの耳を思い出した。
彼の耳ならば、自由に村を行き来出来るだろうし、意味の分からない迫害を受けることも無さそうだ……。
彼女は考えるにつれ、頭上で垂れる耳が憎くて仕方なくなった。
何度引っ張って空に向けても、耳は力無くしおれるように下を向いた。
「何やってんだ、人ん家で」
暗い声が辺りに響く。
バフォットはキティーナを訝しげに見つめていた。
「バフォットさん! いえ、別に……その……」
「来るなって言っただろうが。俺は一人で暮らしたいんだよ。用も無いのにそこにいられたら――」
「あります……その、話を聞いて欲しくて……!」
キティーナの声に驚いたらしいバフォットは、ややのけぞりながらも「とりあえずそこをどけ」と手で彼女を払う仕草を見せた。
「言ってなかったか、その耳は不吉な耳だって」
「教えてくれませんでしたよ……もっと早く知りたかったです」
一昨日と比べ、彼女は饒舌だった。
まるで女子大生が友人に愚痴を話すが如く、次から次へと話題が溢れ……。
バフォットの「立った」耳に飛び込んでいった。
「というかいきなり何なんですか、あの人達……。別に好きでこの耳になった訳じゃないのに、全然考慮してくれないんですからね……」
気怠そうに酒を飲むバフォットは、空になった彼女のコップに酒を注いだ。
「どの世界でもあるという事だ。謂れの無い差別や迫害……まぁ、気に病んで再び死ぬのも良し、気にせず第二の人生を謳歌するも良し。お前次第さ」
無論、キティーナは自殺など二度としまいと誓ったが……。
果たして、第二の人生を実りあるものに昇華出来るかどうか――自信が無かった。
何処へ出向いても付いて回る垂れ耳は、彼女の行動範囲や対人関係を著しく阻害してしまうことは明らかであった。
「もう自殺なんてしませんよ、でも……この世界で上手くやっていけるか……不安なんですよ、私……!」
私は酔っているらしい。
キティーナは慣れない酒を飲み、大人しい性格が反転して騒がしいそれへと成り果てた。
幾分かバフォットも酒を勧め過ぎた事を後悔するように、酒の入った容器を棚にしまった。
「聞いていますか私の話! もうほんっとうに腹立ったんですよ昨日は!」
「うるせぇな、お前……。仕方ないだろう、耳のことは。その内に『垂れた耳が可愛い』って言う変な野郎も現れるかもしれんぞ」
「そ、そうでしょうかね……」
「あくまで、かも、だからな。恐らくはいない、この世界ではな」
「……その目、村の人と一緒じゃないですか」
グーッ、と目の前の酒を飲み干したキティーナはコップを彼に突き出し、「お代わりください」と要求した。
バフォットはかぶりを振るも、キティーナの再三の要求に負け、棚から先ほどの酒を取り出した。
「今日はパーッとやりましょう! 私、これでも前の世界では強かったんですからね!」
バフォットは舌打ちしながら、果実を幾つか皿に載せ……彼女の前に置いた。
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