第3話
「どうしてそいつをぶっ殺してやらなかったんだ。死ぬ気なら何だって出来るだろうが?」
男はキティーナの「第一の人生」を全て聞き終えてから、身も蓋も無い意見を彼女にぶつけた。
「言葉では簡単ですが……どうしてもあの人の前に行くと……身が竦んでしまうんです……今でも怖いぐらいで……」
ため息を吐いて立ち上がった男は、粗末な棚に置かれた瓶を取り出した。
「正反対だな俺達。……俺は『こっちの世界』に来る前に、むかつく奴をぶっ殺してやったよ。まあ自殺したのは一緒だが」
瓶を傾け、汚れた器に青い液体を注いでから男はキティーナの前に差し出した。
「毒じゃねえ、そいつを飲むと不思議と力が湧いてくる」
「あ……ありがとうございます。……その、貴方もやっぱり……会社とかで嫌がらせに……?」
少し違うな。男はニヤリと笑った。
「俺が殺したのは親父だ」
男はキティーナと同じく、第一の人生を悲惨な終わり方で締めくくったという。
彼の父親は小さな町工場を経営していたが、ある時の金融危機の煽りを受けてしまい、倒産を余儀無くされた。
父親は甲斐甲斐しく世話を焼いた妻に八つ当たりをするようになり、日毎に暴力を振るうようになった。
ある日、男は居間で顔を押さえて泣いている母親を認めた。
彼女の口からは止め処なく血が流れており、真っ赤な前歯が数本――ティッシュの上に置かれていた。
激昂した男はすぐ、近所の居酒屋で酒を飲んでいた父親の元へ向かい、母親に謝るよう怒鳴った。
しかし父親は聞く耳を持たず……。
怒り狂った息子の手により、撲殺された。
通報を受けた警察が駆け付けるも、男は必死に逃げ続け――柵を越えて線路へと飛び出した。
鳴り響く警笛に振り返った瞬間、男の身体は血霧となってその役目を終えた。
「轢かれた瞬間、思ったよ。『誰を気にする事も無く、気ままに暮らしたい』ってな。……そしたらお前と同じく、獣臭い耳と尻尾が生えていた。最初は参ったさ」
気楽そうに語る男の顔には、多少の後悔が滲んでいるようだった。
苦労していたのは自分だけ、じゃないんだ――。
キティーナは差し出された飲み物を啜り、尾を丸めた。
「あ……結構美味しい」
「結構って何だ。失礼な女だな、これでも努力して作ったんだぞ」
青い飲み物はブドウに味が似ていた。
飲み干すと男の言う通り……全身に活力が湧いてくるようだった。
同時に――何となく心が落ち着いたような気がした。
「……それにしても、こんな近くに同類が来るとはな。ま、似た者同士、不干渉で生きて行こうぜ。……関わりなんて持っても無駄だからな」
似た者同士、といった言葉には賛同しかねたキティーナだが……。
それでも「自分以外の転生者」である男に確かな親近感を覚えた。
見知らぬ世界に捨て置かれた彼女にとって、眼前の男はある種の一例にも思えた。
「……そろそろお暇します、今日はどうもありがとうございました」
「やっと行くのか? だったらちょっと待っていろ」
男は隣の納屋に出向き、しばらくしてから背負い籠を持って戻った。
「この籠、お前にやるよ。丁度捨てる場所が無くてな、持って行ってくれないか」
キティーナは籠を手に取り、細部を確認したところ――。
つい最近まで、よく手入れされていた事が分かった。
「でも、これ貴方が使っていたものじゃ……」
「要らないって言っただろうが。俺にとっちゃゴミも同然だ……いいから持って行け。もう来るなよ」
男はしっしっと手を払った。キティーナは籠を背負い、男の顔を見つめた。
口が悪いだけで、本当は――。
「何を笑ってんだ、気味悪いから早く帰れ」
キティーナは一礼し、籠の恩はきっと返すと告げた。
玄関から出ようとしたとき、男の名前を聞きそびれていたことに気付いた。
「……そうだ、あの、貴方の名前は?」
「名前? そんなのどうでもいいじゃないか、第一に昔の名前なんて――」
「いえ、私と同じ……新しいお名前で構いません。……貴方のお名前は?」
ガリガリと頭を掻きながら、男は気怠そうに名乗った。
「バフォット。今はバフォットってんだ。さぁ、もう消えてくれ」
小屋から段々と離れて行くキティーナ。
ふと、木陰に隠れて小屋の方を見やる。
そこには、キティーナが無事に帰宅出来るかを心配するように――。
はぐれ者のバフォットが、腕を組んで立っていた。
転生者としての一日目は、思わぬ「以前の世界」の名残を感じさせる出会いがあったのである。
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