第9話青い空の下で 4

 リエットの戸惑いは、件の宿へ着いた瞬間にさらに大きくなった。


「殿下!」


「エリオス殿下!」


 宿泊所らしき、白い長方形の建物の前にいた三人の男性が、馬から下りた少年に駆け寄ってくる。

 複数人に呼びかけられているのだ、彼は間違いなく第二王子のエリオスだろう。

 明るい場所に来てみてわかったが、確かに少年の髪の色は、ジークリードと同じ亜麻色だった。

 噂みたいに、ぱっとしない『蛍石』のようには見えなかったのだが。


(どうして私、今日はこんなに『王子』に縁があるんだろう)


 その間にも、大柄な熊に騎士服を着せたような人物が、ハンカチを与えたらもみくちゃにしそうな勢いで、訴えた。


「本当にどうしてお一人で動き回られたのですか! 心配したのですよ!」


「国が無くなるという瀬戸際で、王子もなにもないだろう。できるかぎり分担してやった方がいいに決まっている」


「ですが!」


「どうせ術師を倒せない王子では、役立たずには変わるまい」


 あまりにきっぱりと自分を否定するエリオスに、集まった五人の騎士達は表情を曇らせる。


「けど殿下……」


 雰囲気が重い物に変わる。

 そんな中でエリオスが自分を振り返ったので、リエットは思わずびくついた。


「一人で降りられるか?」


「あ、はい、大丈夫です」


 返事をしたその後すぐに、王子相手ならもっとへりくだらなければと思ったが、エリオスは「そうか」とうなずくだけで怒る事はなかった。

 本当に、国がなくなってしまえば身分など関係なくなると思っているのかもしれない。


 リエットは馬から下りた。疲れた足に、固い石畳みの上に立つのは少し辛い。けれどぐだっと姿勢を崩すこともできなかった。

 三人の騎士達が、リエットを凝視しているのだ。

 それもそうだろう。勝手に一人出歩いた王子が、異性を連れて戻ってきたのだから。仮にリエットが騎士の立場でも同じ事をするだろう。


「や、やぁ殿下も隅におけないな。女の子を連れて戻ってくるなんて」


 無理に雰囲気をやわらかくしようとしたのだろう。細身の騎士が、エリオスに笑いかけた。


「保護したのだ。浮ついた表現は彼女に迷惑になる」


 にべもなくエリオスに切り捨てられて撃沈する。


「でも本当に、どこから連れてきたんです?」


 それでも生贄がいた分、話しやすくなったのだろう。長身の騎士が聞くと、エリオスはリエットの口からでまかせをそのまま話して聞かせた。

 横で聞いているリエットは、少々居心地がわるい。他人が自分のついた嘘を復唱してる上、騎士達は同情してこちらを見ているのだ。

 いや、一人だけリエットを不審がる者もいた。


「殿下、万が一とは思いますが、別働隊として侵入した敵の間諜という疑いなどはないのですか?」


 するとエリオスはふっと鼻で笑った。


「俺を見た瞬間に、この娘は逃げ出したんだがな。あんな足の遅さでは間諜としても使えまいよ」


 リエットはむっとした。

 むっとしたが、反論はしなかった。疑いを晴らすため、わざとそういう言い方をしたのだと考えついたからだ。


 とにかく、リエットは彼らの宿泊場所に招き入れられた。

 元々軍の詰め所の一つだったらしい。いくつかの部屋と、それぞれに簡素ながらも木の寝台がある。


 まずは質素だが暖かい飲み物とパンをもらったリエットは、お腹がようやく人心地ついてほっとする。


「それで、お前はこれから親戚の家に行くつもりなのか?」


 一つのテーブルを囲んで同じ食事をしていたエリオスに問われ、リエットはうなずく。リエットは東へ行かなければならないのだ。

 しかし次の質問に、思わず頬がひきつった。


「で、どこの町なんだ?」


 聞かれてから、リエットは必死に王都の東にある村や町の名前を思い出そうとした。が、焦って何もおもいつかない。でも言わないわけにはいかない。


「ま、マ、ルマール村です」


「ルマール? 聞いた事がないな」


 聞いた事が無くて当然だ、とリエットは内心呻く。なにせ即席で作った、嘘の村名なのだから。


「ほんとに小さい村なんです。他所の人が知らなくても仕方ないぐらいです」


 なんとか言い訳をくりかえしていると、同席していた騎士の一人が眉をしかめた。


「君、殿下に対してもっと丁寧な言葉遣いをしたまえ」


 生真面目そうな黒髪の騎士に叱られ、リエットは「う、はい」と縮こまる。

 そんなリエットを庇ったのは、当のエリオスだった。


「気にするなリエット。どうせ王子などと呼ばれるのも、あと少しの間のことでしかない」


「殿下!」


 抗議され、エリオスは嫌そうな表情になる。


「そろそろ諦めろハインツ。どうせあの魔術師をどうにかできない限り、我が国は滅ぶのだ」

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