いじめられっ子の思い出
「もうすぐかな?」
「もうすぐだね。」
2階が出現すると言われているのは黄昏時……。太陽が沈みゆき、地平線がオレンジに染まる時間帯だ。
「見に行こう。」
僕は立ち上がり、屋上への階段を登った。後に美穂がついてきている。
なんの変化もなく、屋上の扉までたどり着く。鉄製の重い扉には鍵がかかっていて開きそうにない……。
「ほら、噂だったんだよ……。」
「ムゥ〜、せっかくここまで来たのになぁ。」
2人は階段を降りて1階に……。
「あれ?なんだかおかしいような……。」
いや、明らかにおかしい。教室の扉の色がさっきと違う……。というか……広くなっているような気もする。赤、青、黄の扉が左側に並んでいて、反対側には頑丈そうな扉が一つだけ……。
「ここは……?」
「もしかして、思い出の間?」
「と、とにかく、1階に行こう!」
僕は美穂の手を掴んで階段を駆け下りた。
「そ、そんな……。」
だが、そこには先程見た景色があった……。
「まって、何か書いてある……。」
美穂は壁に付けられた札を見つけ、駆け寄る。
「『一度ここに踏み込んだ者は思い出を思い出を一つ、見るまでは帰れない。』だって……。」
「ということは、あの扉に入らないといけないの?」
「も、もしかして……怒ってる?ご、ごめんなさい……巻き込んじゃって……。」
美穂は深く頭を下げてごめんなさいと何度も言っている。
「あ、いや、怒ってない。来るって自分で決めたんだから……。」
「ふふふ、一太くんはいつも優しいね。」
「そ、そんなことないよ……。」
少し照れて後ろ頭をかく。
「じゃあ、この部屋に入るね……。」
その扉は赤く、思い出1と書かれていた。
「うん……いいよ。」
僕が頷くのと同時に扉に吸い込まれるような感覚を感じた……。
「う、うぅ……。」
「ん?あれ?一太くん?」
美穂はキョロキョロしている。
「一太くんがいない!ど、どうしよう……。」
「いるんだけど?下に……。」
「え?」
美穂は驚いて自分の座っている床を見る。
「あ、一太くん!良かった!」
「あの〜、どいてくれない?」
「あ、ごめんなさい!」
そんな定番のやり取りをした後、部屋はそれほど広くないことに気づく。今いる部屋と、もうひとつの扉があるだけ……。
「あれ?帰りの扉は?」
後には扉がないようで、帰り方が分からない……。
「と、とにかく、美穂はさっさと思い出を解決していって!」
「わかった!じゃあ、行こう!」
なんだか美穂は楽しそうだ。僕はこんなにも不安だらけなのに……。
「フフ……さっさと……ね。」
「え?何か言った?」
「ううん、何でもない……。」
美穂は一つだけしかない扉を開いた。
――――――――――――――――――――
うわ、ダッサ……
…………気持ち悪い……
………………近づかないで……
浴びせられる心無い言葉……。全てが幼い私の心に突き刺さる。
やめてよ!
叫んでも届かない声は誰に届くこともなく煙の弓矢のように放った反動でバラバラになってしまう。掴めない希望は私の目の前を飛び回っているのに、勇気勇気と唄いまくっているはずなのに……。そんなものは私にとって掴めない虚空であって、ただただ、耳障りなだけだった……。
でも―――――――。
一緒に遊ぼ?
そんな声が聞こえた。すべてから耳を塞いでいた私にも聞こえるような、はっきりとした声で……。
どうして泣いてるの?
あなたはそう聞いてくれた。その言葉がだんだんと凍りついた私の体を温めてくれた。
ほら、お友達、だよ!
あなたが、引っ張ってくれた。私の腕を。生き返った。死んでいたはずの心は感情を生み出し、止まっていたはずの時は、私の中でもう一度、おとを刻み始めた。
うん!お友達!
開くことを恐れていた心はいつの間にか開いていた。あなたの笑顔に、あなたの声に、あなたの温もりに……。私の全てを委ねた。あなたのおかげで私は今もここにいます。ありがとう……一太……。
――――――――――――――――――――
「……これが美穂の思い出?」
確かにそんな記憶もある。幼稚園でいじめられっ子だった美穂に声をかけた。それからはずっと一緒にいて……一緒が楽しかった。
「わたし、今でも忘れてないよ?一太くんのおかげで私はこの場所にいる。一太くんがいなかったら、私はきっと……。」
美穂の目から涙がこぼれ落ちる。僕はそっとハンカチを渡す。
「えへへ……ごめんね……泣き虫で……。」
「ううん……それでいいから。」
「…………ありがとう、一太くん。」
僕達は、いつの間にかいつもの学校の1階にいた。これで美穂の一つの思い出の間はクリアしたということなのだろうか……?
でも、きっと美穂は明日も思い出の間にいく。
僕がいてあげないと……。
何故かそんな気持ちが湧いていた。
「じゃあ、また明日ね!」
学校を出て僕は左、美穂は右へ……。それぞれの家路につく。美穂は僕が随分と離れるまで手を振り続けていた。
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