第14話 喧嘩の勝ち方


「口喧嘩の勝ち方を教えてくれ」


「どうしたの、兄さん。帰宅後、開口一番がそれとか。私は、なんでもできる猫型ロボットではないのだけれど」


ため息をこぼす妹を前に、私は懇願のポーズを崩さない。

だが、仕方がない。迅速かつ簡単に、社中にて発生している『事案』を解決するためには妹の知識が必要なのだ。


「そもそも、妹に喧嘩の勝ち方を教わる兄ってーーという前置きはどこかに放り込むとして、さくっと本題に入ろうか。とりあえず、3つ程ご紹介しましょうか」


妹は、いつものように、人差し指をピンと立てる。


「1つ目、口喧嘩をそもそもしない」


「え」


いきなり、アドバイスじゃないものが飛んできた。

確かに、そうならないのがベストだ。しかし、争いの渦中にいる私としては、勝てる方法が知りたいのだ。


「メリットないからね。勝てば恨まれるし、負ければ舐められる。喧嘩になりようもない状況を事前に作るのが大事だね」


まあ、これは兄さんも知るところだと思うけれど、と薄く笑う妹。


「2つ目は?」


「周囲を味方につけることだよ。これは、手間と事後処理が面倒だから、おススメはしないけれど。周りの人をなるべく味方につけて、自分を常に圧倒的多数派の側におくんだよ。それで、相手の言っていることが間違っていると、大勢の声で言うんだ。論理的にも、常識的にも間違っている、とね。色んな理由をつけて説明してあげるんだ」


「な、なるほど」


すごい卑怯な感じがするけど、実用的には聞こえる。だけど、問題はどう周囲を味方にするか、ということである。


「周囲を味方にするなんて、簡単だよ。兄さんの敵、の敵にすればいい。つまりは、口喧嘩で発生した『攻撃』を周りの人まで波及させればいいんだよ。例えば、『それって、〇〇のこと言ってるの?』みたいにして、攻撃対象を背後の無関係の人に飛ばす。敵の敵は味方、とは言ったもので自動的に戦力が増えるんです」


聞けば余計に卑怯な手段だった。

あまり使いたくない。


「じゃあ、3つ目はーー」


私が質問すると、妹は笑った。

いつもとは違う、

冷たい、

笑い方。


その表情の真意を理解する暇もなく、

首元にひんやりとした感触。


「脅すことだよ」


無機質な声で妹は言うと、私の首元から手を引いた。その手には、料理用の包丁が握られている。


「生命の危機になれば、口喧嘩どころの騒ぎじゃないからね。論理的な言葉が通じなくても、刃物は通じるからね」


と、けらけらと妹は笑った。

私は笑えなかった。


「こんな風に武器を使ってやるのは、当然の如くやりすぎだからおススメはしないね。だから、本当の回答はこっち」


そう言って、妹はどこからともなく、件の『アレ』を取り出した。

ーーダンベルである。

もう、彼とは友達なのかもしれない。


「筋肉はいつでもどこでも携帯可能な凶器だからね。金属探知機にも引っかからない。今の包丁みたいに、見せびらかすまでもなく相手に心理的プレッシャーを与えることができる。結局、筋トレするのが一番なのさ。お手軽ではないけどね」


ビバ、筋肉と妹は笑った。

明日のことを思うと、やはり私は、

ーー笑えなかった。

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