第11話 対人不安解消法 エクスポージャー



「ーー電話、自分からかけられない」


この前、妹から『自分から連絡すればいいんだよ』と教えてもらった。

そして、妹が電話をかけ、それを私に渡すことによって、旧友との通話が成立した。

それはそれは楽しい時間だった。


旧友と、くだらない事で話すことが、

メリット、目的、意味を特に考えずにただ話すことが、

あんなにも楽しいことだとは思わなかった。


もう一度、否、再びその時間を楽しむために、電話を手にとっているだが、そこから先の段階に移動できない。

通話ボタンが近くて遠い。


「やれやれですね、この兄さんは」


ため息とともに、背後からひょっこりと妹は顔出す。

そして、いつものように、指をピンと立てる。


「兄さんはちょっとした対人恐怖症なんだよ。だから、いきなり誰かに電話を自分の意思でかける、なんて高等技術、できる訳ないのですよ」


「いや、仕事ではちゃんとコミュニケーション取れているぞ。飲み会も、会社主催のみだけど、ちゃんと参加している」


「それは仕事、だからでしょ。外的理由があるからでしょ。兄さんが本心から望んでいる事じゃない」


図星を突かれて、私は黙った。


「だから、まず慣れる事からはじめないと。人とのどうでもいい会話に。まずは挨拶からかな」


「職場ではちゃんとしてるぞ」


「『おはようございます』と『お疲れ様でした』くらいでしょ」


また黙る私。口論では分が悪い。


「とりあえず兄さん、その辺の山、登ってきて。初心者向けの、登山コース。行けば分かるから」


そう言って、妹はどこからともなくリュックと登山用らしきウェアを取り出した。


「こんなこともあろうかと、準備していたの。転ばぬ先の杖ーーということで、念のため、杖も持って行って」


促されるままに、私は手近な山に向かうことになった。

ーー無論、一人で。



ーーーー


「どうだった? 山の空気は美味しかったでしょ?」


幸か不幸か、丁度いい山が近くにあったため、4時間ほどで登山工程を完了し、帰宅に成功した。登山、というよりハイキングに近かったが、地味に体力ゲージを減らされている。しかし、山にあんなに人がいるとは思わなかった。

何度、すれ違い様に挨拶をし、

幾度、天気の話をし、

程々に、チョコレートをもらったりもした。


「その姿を見ると、理解できたみたいね。なぜ、私が登山を勧めたか」


妹はヘタリ込む私の隣にちょこんと座った。

そして、私のポケットからチョコレートを1つ奪い取り、こりこりと食べた。


「山を登っていれば、知らない人に会う。たくさん会う。そして登山のマナーとしてすれ違い様の『挨拶』がある。知らない人と、挨拶と言えど会話を交わし、あまつさえチョコレートをもらう程、会話を楽しめたなら、電話の通話ボタンを押すなんて、ものの数ではないでしょう」


そう言って、私に携帯を手渡す。

確かに、遠かったはずの通話ボタンとの距離が近くーー否、ただのボタンにしか見えなくなっている。


「エクスポージャーとミニマムタスクの応用かな。目的のタスクを限りなく小さくして、それをひたすらにやり続ける。困難は分割して、その細切れを愚直に毎日やり続ける。今回は、登山客との『挨拶』その他、だったけれどね。知らない人と言葉を交わすというのは、そこそこにプレッシャーがかかるらしいんだよね。まあ、通話ボタンを押す、程度のことならこれぐらいが丁度良かったのかも。山を登るかのごとく、ひたすら行動していたら、目的は特に不快感なく達成できてしまうというお話でした」


と妹は説明を終えた。


「けど、昔の友達だけじゃなくて、今ここにいる妹のことも大切にしてね」


と、妹は一言加えた。

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