第6話 ストレス解消法 音ゲー
「兄さん、リズム感なさすぎ」
私のデビュー線は敗北に終わった。
元よりリズム感がなかったのは自覚していたが、まさかこれほどまでとは。
軽く汗をかいてしまった。
だが、なんだろう。ゲームそのものはクリアできなかったが、充足感がある。なんというか、達成感のようなもの。
「まあ、別に目的がストレス解消なのだから、リズム感が良かろうと悪かろうと関係ないのだけどね。とりあえず、兄さんの顔からは景気回復の兆しが見えてきたようだし」
妹は軽やかなステップで、私から再び財布を奪い、100円玉を抜き取る。
いつの間に、盗賊のスキルを獲得したのだろうか。
悪戯っぽく笑い、
「日本経済の発展にも貢献しようかな。金は天下の回りものだからね」
100円一枚で日本経済がどうこうなるとは思えないけど。
妹が楽しいならば、それでいいか。
ーー
「いやー、楽しかった」
妹はご満悦だった。
余裕のゲームクリア。リズム感は女子高生の嗜みらしい。
「やっぱ音ゲーはいいね。頭の中がからっぽになるーーあ」
妹は何かを思い出したようだ。
「今回の解説はストレス解消法だったね。解説フェイズに入らないと」
妹は指をピンとたてる。
「基本的にさ、ストレスって余計なことを考えるから溜まって行くんだよね。楽しいことしていると、余計なこと考えないでしょ。好きな映画をみたり、好きな本を読んだり。けど、嫌いなことをしていると、余計なことを考える『隙間』ができる。だって嫌いなことなんだもの、現実逃避したくなるよね。けど、その逃避ですら、ベースの感情が負に傾いているのだから、楽しいはずがない。その結果、ネガティブスパイラル。どんどん不快になる。ストレスがたまる。そのまま家に帰る。ストレスは残っている。ぼーっとする。さっきの嫌なことを思い出す。不快になる。以下略ーー」
妹は続ける。
私の顔をじっと見つめながら。
「だから音ゲーは最高なんだよ。強制スクロールのように曲が流れるから、他のことを思考する余裕がない。兄さんみたいな初心者には特にね。目の前のゲームのことにしか集中できない。ほかに思考を割く余裕がない。嫌なことを考える隙間が出てこないだよ。それに、リズムに合わせて体を動かすってのは、人間の大部分が大好きだからね。兄さんも流石に保育園に通っていた時はネガティブじゃなかったでしょ。音とか光が出るおもちゃとかで遊んでたでしょ。その手の根源的な性質は、大人になると表には出てこない。けど、なくなってはいない」
妹は私の手を引く。
「音ゲーストレス解消法はこんな感じかな。残りは帰り道で語ろうか」
そうして、私たちはゲームセンターを後にした。
ーー
「こうして、歩くのもストレス解消にはいいらしいよ。そもそも、同じ空間に居続ける、変化のない毎日、というのがよくない。空間とイメージってのは紐付くらしいからね。気分が上がらないときは、ここにいる。ならば、ここにいるときは、だいたい気分が上がらない。そんな理論を無意識下で構成しちゃうらしいからね。悲しい生き物だね、人間って」
けらけらと笑う妹。
生に縛られる人間を嘲る悪魔のよう。
「それとさっきの音ゲーの延長だと、クロスワードパズルとかいいかもね。連想思考している間は、他の思考に余裕がなくなるからね。キッチンタイマーとかでタイムアタックすると尚良いらしい」
なるほど。
「あと、お手軽なのだと『善行』をするといいね。募金とか、ボランティアとか、そういうもの。自分がいいと思う正義に従う、自分が善いと思うことをする。大義名分があると、人間は幸せになれる。それが他の人の正義に反発していても、自分で正しいと納得できていれば幸せになれるんだよ」
私の場合は、こうして兄さんに甲斐甲斐しくお世話をしていることになるのかな、と続けた。
「あ、でも、そういう善行するときは人がいる場所でやったほうがいいよ。褒めてくれるから、より美味しい。『いいことをしている』と他人から認めてもらえるのは、最高の愉悦だよ」
だから、と妹は私に擦り寄る。
上目遣い。
「もっと私のこと、褒めていいんだよ」
妹はぎゅっと私の腕を抱きしめた。
私は何も言わず、頭を撫でた。
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