第5話 ストレス解消法 現状把握



今日も疲れた。

妹のお陰で、睡眠による体力回復効果は上がった気がする。

寝起きもいいし、朝はわりと爽やかだ。


しかし、仕事は神経をすり減らす。

朝はHP全快でも、夜になると瀕死状態。バーの表示はレッド。ピコンピコンとアラートが鳴っているのを感じる。


「あら兄さん、おかりなさい。今日も不景気な顔ですね」


「ただいま。うちの会社の景気が良くないからな、私の顔も不景気になるさ」


シニカルに笑う私。そんな私を嘲るように妹も笑う。


「じゃあ、景気をよくしに行こうか。兄さんの会社はどうでもいいとして、とりあえずは兄さんと日本経済をね」


妹は私から鞄を剥ぎ取ると、自身も靴を履いた。

そして、そのまま私の手をひいて家の外へ出た。


妹との、久方ぶりの外出の始まりだった。



ーー


「こうやって兄さんと外を歩くのは久しぶりだね」


あっけらかんと笑顔を振りまく妹。

てっきり私は妹はあの部屋から出られないとばかり思っていた。私の思い出を依代に復活した『幽霊』のようなものだと。

……いや、幽霊だからといって、そこから出られないと考えるのは浅慮だな。そもそも、物理法則が無視できる存在に、世間一般の噂の知識を当てはめても意味はない。

特別な存在は、『特別』なのだ。それが実の妹ならば、なおさら。


「さて、今日はストレス解消方法についてお話しするよ」


指をピンと立てる。説明フェイズ開始の合図。


「兄さんの不景気顔は、ストレスが原因の可能性大だからね。兄さん、趣味とかある?」


「とくにないな。強いて言えば読書だけど、最近読めていないな」


最近、といってもここ2、3年か。最近のレベルを超えている。

趣味は仕事ーーは、笑えないな。


「つまり、兄さんの現状は奴隷と一緒なのですよ。ただ会社から指示された仕事を指示された通りにやる奴隷。余暇は全て休養に使って、回復した体力も会社のために使ってる。兄さんはそれで人生楽しい?」


「……楽しくは、ないさ。けれど、みんなそうやって頑張ってる。生きていくには仕方がないことなんだよ」


私の答えが不満だったのか、妹は盛大にため息をつく。

深呼吸のような。

大きく、深い。


「みんなって誰さ」


「会社のみんな」


「他には?」


「取引先の人とか」


「他には?」


「私たちの両親とか」


「あの人たちは馬鹿だったからね。産んでくれたことには感謝だけど。ーー他には?」


「私の交友関係だと、このくらいかな」


友達いないのかよっ、と妹がツッコミを入れてきた。


「じゃあ、質問を変えよう。あそこにいる人もそんな感じの人生送ってる?」


妹はコンビニで煙草を吸いながら雑談している一団を指差す。

赤の派手なジャージ。金髪。体のいろんな所につけたピアス。刺青。タトゥー。個々にパンチの効いた特徴を背負っている。


「彼らは違うだろ。自分が楽しければいいだけの、落伍者だ」


「そうかな。例えば、左端の彼。彼、有名なバンドのドラマーだよ。彼のバンドがライブをやれば、そこそこのドーム会場だったら、満員御礼。一回のライブの売り上げで、軽く兄さんのプロジェクト利益の一つや二つ、超えると思うけど。それでも、落伍者とか言っちゃう?」


じゃあ、なんでこんなところでのんびりしてるんだろう。もっとメンバーと技術を高めたりしないのだろうか。



「彼らは自分の好きなように曲を作り、好きなように披露する。そして巨万の富を築く。それも好きなように使う。誰にも縛られない。でも、面倒な人間関係とかあると思うよ。下げたくないときに、頭を下げることだってあると思う。けど、それは毎日じゃないし、いつもじゃない。少なくとも、兄さんよりはね」


妹は哀れみの目で私を見つめる。


「兄さんは、人生楽しい?」


妹は、立ち止まる。

そして、私の顔をじっと見つめる。


「それは……」


言い淀む私に詰め寄り、一言。


「そこは、『そこはできた妹がいるから幸せだよ』とか即答してよ!」


プンスカと妹は怒った。

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