第3話 ワンプレートダイエット

「いただきます」

「召し上がれ」


両手を合わせて、いつもの挨拶。

今日の朝食は、ご飯、卵焼き、鮭のバター焼き、レタスサラダ、レンコンのきんぴら。妹が作る、数ある献立の中の一つ。食べ慣れた味。家庭的な、優しい味。


だが、一ついつもと違うところがある。それは、皿の数だ。

昨日までの食卓では、それぞれのメニューが、個別の皿の乗せられていた。しかし、今朝は違う。全てのメニューが、一つの皿に乗せられている。

……洗い物の削減だろうか。環境に配慮するとは、我が妹ながら、できた女である。


「兄さん、どうかしたの?」


「いや、皿の数がいつもと違うことについて思考していた」


私の言葉に、妹はくすりと笑う。

馬鹿だなぁ、そんな一人で考えなくても、一言聞いてくれれば教えてくれるのに、と、得意げに笑う。


「これはこの世界に人の数程あるダイエット法の一つ、ワンプレートダイエットだよ」


妹は高らかに宣言すると、どこから拾ってきたのか、アンダーリムの眼鏡をかけて、「説明しよう」と解説パートに入った。


「兄さん、私が作った料理は全て食べてくれるでしょう。それは作り手冥利に尽きるのだけど、それは兄さんの見た目ーーつまりは体型ーー特にはお腹周りにはあまりよろしくないのですよ」


バシッ!と私の腹を指差す妹。

たしかに、心なしか妹が現れてから、私の腹は少し膨らんだ気がする。かつての私は、コンビニ弁当とかカップラーメンで済ませていたから、妹の手料理に変わることで、むしろ健康的になったものだと思っていたが。


「無論、わたしが作る料理は、味はもちろん栄養バランスも完璧。だけど、カロリー計算までは手が回っていないのですよ」


ため息混じりに、妹は続ける。


「兄さん、私が来るまで相当乱れた生活習慣、特には食習慣を送ってたんだよね。きっと、1日1食しかしていない日もあったと思うし、食べてもカップ麺とかで終了してたでしょ」


妹の言葉に、私は首肯する。



「つまりはね、弁当含めて、1日三食きっちり食べている兄さんの総摂取カロリーは、1日適当に食べていた駄目兄さんのそれよりも、多いということなの。当然、増えたカロリーは、兄さんの体に堆積してーー悲しみの結末を至るのよ」


妹はさらに続ける。


「でも兄さん、安心して。このパーフェクトな妹ならば、哀れな兄の結末を変えることができる。この、ワンプレートダイエットによってね」


デデン!と効果音が入った気がする。

妹は眼鏡を掛け直して、解説フェイズを続ける。


「ワンプレートダイエット、名前の通り、一つの皿にメインおかず、お米、サラダ、前菜的なやつ、全てを集約させるダイエット法。料理の品数は変えず、それぞれの『量』のみを減らす。これにより、食事の満足感は減らさず、摂取カロリー量だけを減らすことができる」


なるほど、我が妹ながら賢い手を使う。

確かに、それぞれの料理を個別の皿に守るよりも、一つの皿に盛る方が、それぞれの絶対量は減る。一つの皿がいくら大きいといっても限度がある。それに、個別の皿に盛られることで、相対的に量が少なく感じられてしまう。結婚式などで振舞われるコース料理がいい例だろう。個別に運ばれ、食べ終われば回収され視界から消える。そして、次の皿が運ばれる。自身の目の前に存在する料理は、基本的には一品だけ。これがもし、いきなりコースの全料理が眼前に並べられたらどうだろうか。とても多すぎて、食い切れる気がしないだろう。

それを逆手にとったのが、このワンプレートダイエット法か。このアイデア、流石に妹のオリジナルではないだろうが、よくできている。人の心理をついたダイエット法だ。


「それにね、個々の料理が少なくなるということは、もう一つメリットがあるの。人間、どんなに美味しい料理を食べても一口目と五口目では、感じられる美味しさには差があるでしょ。どんどん美味しさの程度は下がっていくーーまぁ、不味くはならないからいいんだけどね。……つまりは、量が少ないから、それぞれの料理を最後まで美味しいまま食べきることができるのよ!」


ババン!と見栄をきる妹。


「けど、この一件パーフェクトにみえるワンプレートダイエット法、一つ欠点があるんだ」


急に表情を曇らせる妹。眼鏡をはずし、ゆっくりと私に近ずく。

体が触れそうな距離感。ゆっくりと、ゆっくりと、妹は手を伸ばす。私の頬に、手が触れる。人間のそれとは違う、冷たい手。だけど、この冷たい手が、この温かい朝食を作っている。


妹は私の顔を見る。

見つめる。

1秒

2秒

3秒


「兄さんとの朝食の時間が、短くなるんだよね」


そう言って、蠱惑的に、我が妹とは思えないくらい妖艶に、笑った。



時計を確認すると、もうでかける時間になっていた。





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