村への小径

 木漏れ日の中、林の道を歩く。

 目の前には黒髪の少女が先導してくれている。時より後ろを振り向いては、俺がしっかりついてくる事を確認し、また伏し目がちに前を向き直る。時より何か他愛のない話題を振ってくるので、努めてにこやかに返答をすると、それはそれで少々引きつった様な笑顔を返してくる。

 どうやって死んだばかりの人間に接したら良いのか、彼女は対応に苦慮しているようだ。だが、少女の声や態度を見るに、俺に気を遣ってくれているのはよくわかった。とても根が優しい少女なのだろう。見てくれは十代後半といったところか。長い黒髪がとてもよく似合う、大和撫子という言葉が実に良く似合いそうな少女だ。十年もすればさぞ美しくなるだろう。

 正直、俺の頭の中は混乱している。雪崩に呑まれて死んだ筈はずなのに、こうしてまるで生きているかの様に歩いている。むしろ、今の体のコンディションがとても良い気がする。疲労感もなければ、長年連れ添っている古傷の痛みも全く感じない。むしろ、軽快かつ快調だ。彼女にそのことを尋ねてみる。

「どうも、死んだ後の方が体の具合が良いらしい。体の重さもなければ疲労感も感じない。不思議なものですね」

少女は相変わらず気を遣ってか、歯切れの悪い答え方をする。

「人が現世で感じるあらゆる感覚は肉体あってのものです。人は亡くなると肉体から魂が離れますので、体の重みや痛みからも解放されます。亡くなられた方は皆さん同じ様な事をお話しになるんですよ。体が軽い、痛みが消えたって喜んで。中には、また走れるようになった、なんて子供みたいにはしゃぐ方もいますよ。死人の多くは高齢で天寿を全うされた方が多く、寝たきりだったり、老いでどうしても体が満足に動かせなかったりというが人も多いので。よほど嬉しかったのでしょうね」

 彼女は柔らかい微笑みを浮かべながら話してくれた。話してくれたが、ハッと気づきすいませんと謝られてしまった。無理もないか。こんな若い身空で寿命の半分も生きたか分からない人間に話すのは失礼と思ったのだろう。

 逆の立場だったら、俺も相当気を遣うだろう。今しがた死んだ人間になんと声を掛けたら良いかどんな話題を振ればいいかなど、パッっと思いつきはしないだろう。

 だが、努めてこちらに配慮しくれるのは、感謝の念しかない。

「先ほど、死人の村を治めている。と言っていましたが、死後は生まれ変わったり、天国や地獄に行くこともないのですか?」

 俺は間を持たすために、また質問をする。それに死後についての知識は生きている人間が知りたい事の一つではないだろうか。死んだ後にこの謎の答えを得る機会に恵まれるというのが、なんとも哀しい話が。

「死後の世界に、天国や地獄と呼ばれる場所に行く事はありません。それらは生きている人間が生み出した概念でしかありません。こうして今私達は魂のみの状態でおりますが、これが本来の在り方なのですよ。死んだら元の魂の世界に還るだけです。この魂の世界をいわゆる“あの世”なんて言ったりします。通常であれば人は死ぬと“あの世”に向かう事になるのですが、現世に何か強い未練を残していたりすると、“あの世”へ還れない場合があるのです。ですので、そうした魂達の為に、自身と向き合い“あの世”へ還るためのサポートの場として、私達が住む村があるのです」

 あの世、ねぇ。今まさに死んでいるのだが、そう言われてもやはり実感が沸かない。とはいえ、彼女の話では自分の未練を突き止め解消しなければ成仏と相成らないことはわかった。

 ならば、俺が持つ未練は、一体なんなのか?

 思いつく事と言えば、まだまだ雪山を滑っていたい事。ただただ毎日滑る事。山と向き合い、雪と戯れ、呆けるほどに滑り込む事だ。それがこうして死んだことでできなくなったわけだが、果たしてこんなものが未練となり成仏の妨げになるのかは甚だ疑問である。

 ない頭を捻った所で出てくる答えも無く、ううむと唸っている俺を少女は苦笑いしながら先を歩いている。

「見えてきました。あの村が私達の住む“狭間の村”です。そして、あの一番大きな屋敷が私の家です。もう一息ですよ、がんばりましょう」

 彼女は軽快に歩を進める。

 眼下には日本人ならおそらく誰もが郷愁を憶えるであろう日本家屋が点在する村が見えた。のどかな田園風景、流れる小川、舗装されていない道。電柱すら見当たらないその景色はまるで何百年も前の日本にタイムスリップしたみたいだ。

 気づけば俺も足取り軽く村へと歩を進めていた。この村には人を引きつける何かがあるのか、それとも、死んでいるから足取りも軽いのか。そこは判然としないが、そんなことは死んでいる以上、細かな事ということにしてきにしないでいよう。

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