御三方

 村の最奥部にある茅葺き屋根の伝統的な日本家屋。それがサクラの家であった。村の中の景色は、遠くから見た通り日本人の原風景とも言える景観が広がっていた。

 まさに田舎を思わせる伝統的な日本家屋の他にも田園風景や畦道など田舎好きの人間には堪らない雰囲気がここには充満している。

「お疲れ様でした。ここが私の家です。まずは上がってお茶にしましょう。歩いて疲れましたし」

 サクラが家に上がると、奥から数名の男達が出てきた。

「お帰りなさいませ、お嬢様!」

 出てきた男達は威勢のいい声でサクラを迎え、サクラも心良くその声に応えただいまと返している。

 しかし、俺はどう見ても堅気に見えない風体の彼らに面食らってしまった。

 一人はリーゼントで剃り込みもバッチリ入っている男。一人はパンチマーマで強面の男。一人は、スキンヘッドで顔に切り傷がいくつもついている男だ。

 これはビビるなと言う方が無理のはずだ。ひょっとして、このサクラはそのスジのお方なのかと思考が脳をものすごい早さで駆け巡る中、全身から冷や汗も溢れ出す。心無しか顔も引きつっているのも感じる。

 サクラは俺の方を振り返ると、一瞬きょとんとした顔を見せ、クスッと笑う。

「ひょっとして、あなたも面食らいました?」

「えっ?いやぁ、そのぉ・・・」

「この方達は、村の青年部の方達ですよ。いつも村のために働いてくれていますが、普段は私の仕事の手伝いをしてもらっています。そのスジの方々ではありませんから悪しからず」

 奥で男達が深々と頭を垂れている。

 あぁ、そういうことですかと納得がいくか。こんな威圧感のある青年部がいてたまるか。だが、見た目はともかく堅気ではあるようだな。ひとまずは、安心、できるのか?

 サクラは続いて青年部の面々を紹介し始めた。

「ご紹介します。この方はリーゼントさん。礼儀を重んじ元はオールバックでしたが、個性に欠けるということでリーゼントに髪型を変えた事から、リーゼントの愛称で村人から親しまれています。普段は山で芝刈りをしながら、村の猟友会にも所属している山のエキスパートです」

「うっす、リーゼントです、以後お見知りおきを!」

 どんな愛称の付け方だ。それにしても、まんま昭和の突っ張りみたいな人物だな。

「続いて、パンチさん。料理や風呂炊きが得意ですが、よく火に近づきすぎて髪の毛が焼けてしまうのです。いつも髪の毛がチリチリしているので、パンチさんという愛称がついてます。村の子供達に人気があるので、よく子供の世話を頼まれるんですよ」

「うっす、よろしくお願いします!」

 威勢のいいパンチの声。不敵な営業スマイルは威圧感を増大させている。

「最後は、ネコさん。顔の傷は時々ネコに引っ掻かれてしまう傷で、生傷が絶えないほどネコが好きすぎて、ネコの愛称がつきました。家畜やペットなど動物全般の扱いがとてもお上手な方です。」

「髪型はアンタッチャブルでお願いします!」

 毛髪の有無が気になるご様子。それはいいとして、顔には鋭い切り傷がついていれば、勘違いされても文句言えないだろうに。まさか、ネコの引っかき傷だったとは。

 ともかく、おれは屋敷の奥に通される。早速、御三方がテキパキと働き、お茶と茶菓子を振る舞ってくれた。

 木材や畳の香りがどこか懐かしく漂う屋敷は不思議と心が落ち着き、暖かいお茶で心が緩む。

 やはり俺はどこか緊張していたのだろう。お茶を啜りながら改めて今自分がいる状況を振り返る。

 本当に死んでいるんだよな、俺は。

 やはり実感が沸かない。

 体の調子がとても良く、心がこれまでに無い程安堵している。これほど心が落ち着いた事は一度でもあったのだろうかと思う程に。

「お茶はいかがですか?パンチさんが淹れてくれるお茶はいつもとてもおいしいんです。ほっとしますよね」

 サクラもお茶を啜りながら微笑んでいる。パンチさんは恐縮です!とこれまた威勢のいい声で答えている。だが、どうしてもその答え方はそのスジの方にしか見えない。

 サクラは湯呑みを置き、コホンと咳払いをし、話し始める。

「では改めて、お悔やみを申し上げます。あなたがこの狭間の村に来たという事は、ご逝去された事に間違いありません。そして成仏できぬほどの強い未練があるために成仏に至らず、ここにこうして魂のみがこの世とあの世の狭間に留まっているのです。道中でお話しした通り、我々村人はあなたのように成仏できなかった魂の介添えをし、成仏に導くことがお役目。よって、われら村人一同、あなたが成仏に至まで尽力させていただきます。どうぞ、よろしくお願い致します。」

 サクラと御三方は深々と頭を垂れる。

 まさか自身の死のお悔やみを直接言われるとは思わなかったが、やはり俺は死んでいるのだな。と、頭では理解しておこう。確かに、雪崩に巻き込まれ、息もできず苦しい思いをしたのは間違いなく脳裏に焼き付いているのだ。

「こちらこそ・・・。よろしくお願いします」

 俺も頭を下げる。

 なんにせよ、考えるべきは今何をすべきか、かといって、具体的に何をすればいいかなんて、皆目見当がつかないが。

「しばらくはリーゼントさんがあなたの身の回りのお世話を担当します。何か困った事があったら、気にせず仰って下さいね。リーゼントさん、あとはお願いね」

 リーゼントがお任せ下さい!とハキハキと応える。

「では、早速、お兄さんの家にご案内します!ついてきて下せぇ!」

 お兄さんってなんだよ。

 ともかく、俺はこの世とあの世の狭間で、未練ってやつと向き合わなければならない。とんだ事態に陥ったものだ。

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姫ノ神 :DAI @moss-green

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