囚人服の少年 -38-

「今でも、自分のことが分からないか?」


 ひとしきり泣いた国宗は、平静さを取り戻しつつある。俺はその様子を窺いながら国宗に語りかける。


「まだ、分かりません。ただ、好きな事があるという事しか」


 国宗は真っ赤な眼を擦りながら、姿勢を正し答えた。嗚咽も収まり、何度か大きく息を吸い、吐き、呼吸を整えている。だいぶ落ち着いたと見える。


「好きな事が分かるなら、十分だろ。それが君の魂の羅針盤になるさ」


「魂の羅針盤?」


 謡がまたキョトンとした顔を見せ、俺をじっと見つめている。

 俺は咳払いでその気まずさを誤摩化し、話を続ける。


「ネーミングセンスは置いといてだな。人間は魂を持つが、その性質はそれぞれだ。似ている事はあっても同じという事は無い。そして、魂は己の性質に合わせ人生を送るべく天命を抱き誕生する。だが、現界に生れ落ちる時にその天命は一旦忘れ去られ、改めて探さなければならない。その天命を探す手がかりが、簡単に言えば好きな事をするってことなんだよ」


「なんだか、話が壮大ですね。色々と突っ込み所満載ですが、今の話をまとめると、僕らは好きな事をするために産まれてきた、ということですか?」


「まぁ、そんな感じ」


「ですが、現実では好きな事をするには不向きな状況にあると思いますが?実際、僕だってそうでしたし」


「だが、これが世界の事実だ。この世界の芽の発生も、君の魂にとってあまりに不本意な状況が展開されたからだ。言ってみればこれは君自身の魂が国宗総太という人間に施した荒療治ってわけだ。自分自身を閉じ込める事で、嫌が応にも己と向き合わざるを得ない状況を作り出した。君がこの世界で過ごした時間は苦悶と煩悶に充ちたものだったろうが、いつかこの時間が君にとって財産だと思う時がくるだろうさ」


「そう・・・なんでしょうか」


「少なくとも、俺はそう思うね。よくがんばったよ」


 国宗の表情に少しだけ笑顔が戻った。


「なぜだか、その言葉で少しホッとしました」


 泣き腫らした顔に、あどけない少年のような笑顔が戻る。

 俺はポンと国宗の肩に手を置く。


「君はもう知っているだろ、この世界から現界に戻る方法を」


「はい・・・」


「自分とも向き合えたんだ。君の親父さんとも向き合ってみなよ。ここは腹決めて気張るときだぜ?」


「そうですね・・・。こればっかりは、もうそうする他ありませんね」


 俺は国宗の肩をポンと叩き、長らく据えていた腰をあげる。


「今度は現界で会おう。今度はロイヤルな紅茶でも用意しとくよ」


「期待してますよ」


 心なしかスッキリした国宗の表情を確かめた俺は、国宗に向かって手を上げその場を後にする。


 国宗と別れ、境界に帰還しようと桔梗門に向かう帰り道の途中で、謡が俺の服の裾をちょんちょんと引っぱる。


「ちょっと待って下さい。九十九様」


「はい、なんでしょう」


「なんですか、さっきのは。ご都合主義もいいところです。なぜあれだけの会話であの青年を納得させられたのですか」


「それは俺も知りたいところでね」


「なっ・・・」


 謡は、ジトッとしつつも鋭い視線を俺に向ける。なんだコイツはとでも言いたげな表情だ。謡は溜め息を大きくつく。

 確かに、あまりにもスムーズに話が展開し、あたかもこの一件が解決されたかのような雰囲気を醸し出しことに違和感を覚えるのはもっともだ。

 なにより、俺が一番そう思っている。


「そんなあからさまに呆れたような態度取らないでよ。そりゃ、気持ちも分かるが、彼は大丈夫だよ。まっ、直感でしかないけど」


「その根拠を教えて頂きたいものです。直感などでは到底納得ができません。ちゃんと説明して下さい」


 謡は不満を露にしている。どうにもこの展開に納得がいかないようだ。俺はポツリポツリと肌で感じた事を言葉にしていく。

 思索に耽るのは得意だが、言語ではなく感覚で思索するタイプの人間には、こうした場合説明に時間がかかる。単純に会話の瞬発力がないだけでもあるが。


「国宗がなぜ一度崩壊した世界の芽を再構築し、囚われていたか分かるか?」


「いえ、わかりません。それを調査するために、先行して偵察に来たわけですから」


「その通りだ。前回の世界の芽の崩壊で国宗の心の整理はついているはずだ。世界の芽が想念の産物である以上、崩壊するということは、そういうことになる」


「資料では、前回調査した世界の芽は驚くほど簡素であったとあります。比べてこの世界の芽は現界と遜色がないほどに細部まで構築されています。であれば、前回と今回とは別の想念により作られた、ということでしょうか」


「わかりやすくまとめてくれて助かるよ。その通りだ。ただ、刑務所の廃墟があることから、全く別の想念というよりかは、想念のより深い部分が具現化された可能性は高いわけだ。事実、国宗と話して分かったのは、彼は本質的な悩みから芽を背けるために、刑務所がある世界の芽を産み出したわけだが、前回の件で解決された事から考えて、いよいよ想念の本質が現れたと思われる」


「では、先ほどの会話でその本質の悩みが解決したと?」


「多分、彼は単純に行動する事にビビってるんだよ。悩みなんてのは現れるのと同時に答えも出ている。悩みの本質はどうしたらいいか、ではなく、どうやればいいか。なんだよ。彼は自分の人生を生きたいが、誰かの目を気にしてそれができなかった。それでも、己は自分の人生を生きたい。


 その葛藤の想念が世界の芽に刑務所という姿を借りて現れたわけだ。想念の世界では時間の概念が現界のそれとは違う。彼はこの世界で現界の時間感覚にして三年もこの世界に引きこもっていた。この世界は彼の心の在り方が具現化されたものであるなら、彼には現界に帰還する方法が分からないのか、そもそも帰る気がないのか。どちらかと見当はつけていた」


「そして、彼は後者であったと?」


「まず、ここは彼の世界だ。現界じゃいろんな縛りや雑音のせいで自分と向き合う事が難しいからなぁ。やれ世間体だの、誰かに嫌われるだの、騒々しいことこの上ない。これじゃあ自分の本心と向き合うのに不適だ。だから国宗は自らをこのちっぽけな世界に引きこもる事で、雑音も縛りから開放されたクリアな環境で自分と向き合う事にしたんだ。そんな世界で三年も一人で自問自答続けてれば、答えだって出てくるさ。だから、彼に取って肝心なのは、一歩進むための後押しだったのさ。だから話を聞いてやって、その一歩を踏み出せるよう聞き手に回っていたわけ」


「だからといってあそこまで話が円満に進むなんて・・・」


「元々、彼は前向きで行動的だったと俺は思うよ。それが幼少期から高圧的な親の下で育って持ち前の行動力が発揮できなかくなっていたから、この世界で自分の本来の性質を活かすリハビリをしていたとも考えられるかもな」


「そう・・・なのでしょうか」


「また、しばらくは様子見だな。本人が自発的にこの世界から出て行かない事には、俺達にできるのは後は力ずくで排除するしかない。けど、それはきっと誰も幸せにならない」


「それにしても、九十九様が魂について造詣が深いことにも驚きましたが。さすが、普段お市様のお茶会に列席しているだけの事はありますね。見直しました」


「そういつはどうも。・・・?」


 いや、待て。

 確かに、お市のお茶会ではのべつ幕無し他愛も無い話をする中で時折大事な事も話していた。だが、魂についての話はお茶会で出た事があっただろうか。

 思い出そうとするが、記憶の欠片が抜け落ちているような感覚。更に記憶を掘り返そうとするが、突然、頭に痛みが走る。


「ん・・・。痛い」


「どうされました?お体の具合が悪いのですか?」


 謡はすぐさま俺に駆け寄り、手を額へと当てる。


「悪い、どうも具合がよろしくない。早いところ境界に戻ろう」

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