囚人服の少年 -35- 囚人との再会

 看守に導かれ、廃墟と化した刑務所内に入って行く。


 もはや外観は留めておらず、壁は崩壊し、風は通り抜け、地面には草が生い茂り、崩れ去った天井からは陽が降り注いでいる。そこにおどろおどろした雰囲気は欠片も無く、温もりと静謐せいひつに包まれている。


 影をまとい、外界と遮断されている筈だが、その感覚はまるで素肌を露にしているように感じる。そして、その感覚は魂が待つ場所に近づく程強くなっていった。


 黙々と俺達の前を歩き先導していた看守が足を止めた場所は、天井が崩れ青空がスカッと覗ける吹き抜けのように開けた場所だった。辛うじて檻の残骸が散らばり、ようやくここが囚人のいた監獄だったことが分かった。


 国宗は、初めて出会ったときの様に体を丸めて監獄の最奥でうずくまっていた。しかし、俺達の存在に気付くと一瞥し、ゆっくりと身を起こした。


 そして、再び魂たる国宗総太に対峙する。


「どうした、ずいぶん元気そうじゃないか」


 俺は挨拶をした。ちなみに、この挨拶に深い意味は無い。前に会った時とは別人のように顔つきが良くなっていたから素直に感想を述べただけだ。


 だが、国宗はそんな深い意味も無い俺の言葉から何かの意図があると思っているのか、こちらをじっと見つめたまま答えに詰まっているようだ。


 結局、帰って来た言葉は、この前はどうも、という間の抜けた返事だけだった。


九十九つくも様、ご用心を」


「心配性だね。心配事の九割は現実に起こらないということを知らんのか」


「だとしても、残りの一割が現実になったのであれば眼も当てられません」


「はいはい、分かりました」


 うたいは俺の事をひどく気にかけている。その執拗さに何か引っ掛かる物を感じながら、俺は国宗と対話をはじめる。


「早速だが、何があった。随分とこの世界は変わっちまってるみたいだが」


 国宗は俯きながら言葉を探していたが、しばらくして顔を上げ、ぼつぼつと話しだした。


「以前、あなた達が刑務所を訪れた後、僕は心のおりが消えた感覚がありました。この世界は僕が産み出した物であるならば自然に消滅し、夢が覚める様に現実に意識が戻ると、そう思っていました。しかし、どれだけ時間が経っても僕はこの世界から出る事はできませんでした」


「そうみたいだな。何か心当たりはないのか?この世界に囚われる理由に」


「それを今日までずっと探してきました。先ほど看守からの思念では、外の世界では三日しか経っていないと聞きましたが、本当に僕はこの世界に三年以上囚われたままです。まるで、罰を受けているような心地です。時の流れすら歪んだこの世界で、ずっと苦しめと言われているみたいですよ」


 語りだした国宗の表情は、はじめは楚々としていたが、次第に陰りが見え始めていた。


「それは誰が言ったんだ?」


「えっ・・・?」


「この世界にはお前しかいないんだろ?なら、お前を責める人間はこの世界にはいない筈だ。一体誰がお前に罰を下している」


 国宗は呆気にとられ、俺の顔をぽかんと見つめるだけだった。


「この世界の芽はお前が産み出したのであれば、この世界の産物はみなお前の創造物ということだろ。なら、時間が歪もうが、誰かが罰を下していようが、全部お前がやっていることにならないか?」


 そう、至極当たり前の話だが、この狭くて小さいこの世界は、国宗の想念が産み出したものだ。ならば、何者かに罰を与えられているのではなく、自分自身でこの世界に囚われているに過ぎないはずだ。


 しかし、当の国宗はその事実に気付いていない様子だ。思考が停止しているのか、まだぽかんと俺の顔を見つめ続けている。


「全て・・・僕がやったことだと?」


 ようやく開いた口からは、混乱の色が窺える。


 俺の見立てでは、国宗青年は決して愚鈍な人物ではないと見ている。だから、この当たり前の事実を直視できれば、この世界から開放されるかもと思ったのだが、それは危険な賭けであるかもしれない可能性もある。


 自らを囚人として、看守などという存在を産み出し己を縛る甚だ馬鹿げた真似を無自覚にしていたわけだ。問題を抱えている事は重々承知。だが、ここで自分と向き合わなければ、おそらく国宗はこの世界に囚われ続けるだろう。


 さて、俺の行動は吉と出るか、凶と出るか。


 俺は国宗に言い放つ。


「この現実こそ答えだろ。真っすぐ事実を見据えてみたらどうだ」


 国宗はわなわなと震えながら両の手で顔を覆い、項垂うなだれる。


「・・・いや・・・違う・・・」


「何が違うんだ。ありのまま見れば」


「違う、そうじゃない!」


 激昂する国宗に反応した謡が瞬時に立ちはだかり、国宗に攻撃を加えようとする。


「待て、謡」


 腰紐を掴み強引に俺の後ろへと引く。


「キャッ!何をなさるのですか!」


「そんな喧嘩っ早くてどうする。まだ話の途中だろがい」


 反論を試みようとする謡を制止し、小脇に抱え込み押え付ける。


「こんな世界を俺が産み出したなんて、それは俺のせいじゃない!全部、俺を苦しめた奴らのせいだ!」


「ほぅ・・・。一体誰の責任だ。言ってみろ」


「それは・・・」


 あまりに苦々しい国宗の顔から、俺は確信を得ていた。


 実は、前に国宗はこの世界の発生原因を言っていたが、その理由はまやかしで、もっと深いところで何か問題を抱えているような気がしていたのだ。


 ようやく国宗の胸中が覗けそうだ。

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