囚人服の少年 -34- 物憂げな看守

 俺は看守のいる方向に向き直り、あえて自分の居場所が分かる様に物陰から姿を表す。これなら看守が攻撃してきても気配を消している謡ではなく、目の前に現れた俺を攻撃の対象に狙うと思ったからだ。


 いくら魂を持たない人形とはいえ、仮にも女の子を盾にするのは気が引けるし、そんなみっともない事を俺はしたくなかったからだ。


 だが、そんな俺の心配は単なる杞憂きゆうだった。


 看守は少しばかり顔を上げると、ちから無く微笑み、俺に話しかけてきた。


「なんだ、あんたか。久しぶりだな」


 相変わらずハッキリとした口調だが、その言葉には生気が感じられなかった。まるで口調も声も人間のそれだが、まるで機械で合成したかの様に無機質で味気ない声で気味が悪い。


「三日ぶりだ。三日で久しいとはよっぽど暇だったのか、お前。一体何があった。前に来た時と全く景色が違うじゃないか」


 特に思い浮かばなかった俺は素直に気になる質問をそのまま投げかける。だが、看守の表情はキョトンとしたままだった。何か変なことでも言ってしまっていたのだろうか。


「三日だと?お前が刑務所に来たあの日から既に三年以上経っているぞ。一体何を言っている」


 今度は俺がキョトンとしてしまった。


「三年だと・・・?」


 俺は思わず、茂みに隠れていたうたいに視線を送る。


「あっ・・・」


 茂みに隠れた謡の顔は完全に白け、軽蔑にも似た表情を浮かべている。


「なんだ、あんた仲間を連れていたのか」


 やってしまった。


 謡の存在をこちらからバラしてしまうとは、なんたる不覚。あとで太刀川にどやされそうだ。


「まぁいいさ。ご覧の通り、今の俺には戦意はない。それどころか、途方に暮れている。さっきも言ったが、この世界はお前が刑務所に現れたあの日からすでに三年以上経過している。その間、俺の魂である囚人は依然朽ち果てた監獄の中で放心状態のままだ。俺が抑圧していた時よりもさらに状態が悪くなっている。このままじゃ、いずれ俺達もこの刑務所のように朽ち果ててしまいそうだよ」


 半ば自嘲的に笑いながら話す看守の表情は、時折苦虫を噛むような表情も見せた。


あの凛としていた看守がこうも疲弊するとは、余程困った状況に国宗はあるらしい。


 ふと気配を感じ横を見ると、謡が隣に立っている事に気づいた。おそろしい程の練度。茂みから出てここまで移動するにも距離があったにもかかわらず、音も気配もなく近づくとは。


「謡、心臓に悪いよ。ビックリするじゃないか」


「この程度でビックリしないで下さい。それより、この看守の言葉が気になります。どうやら芽は現界と違った速さで時間が流れているようですね」


「そんな事ってあるのか?そいつはたまげた」


「何を寝ぼけた事を言っていますか。〈虚空こくう〉の事をお忘れですか?」


「あ〜・・・。アレか」


 俺は回転の遅い頭で記憶を辿っていく。


 〈虚空の間〉とは、霽月邸せいげつていにあるはなれのことで、この離れの内部は時の流れが外に比べ極端に遅いという特異性を持つ。


 これも桔梗事変の際、傀儡化かいらいかした俺が残した置き土産の一つらしいのだが、この離れに入れば、外部では僅かな時間の経過であっても、内部では数ヶ月から数年の歳月が過ぎているので、離れに入り修行を行えば短期間で爆発的な成長が望める非常に役に立つ物なのだ。


 松浪や太刀川の超人的な戦闘力や、俺が僅か半年で二人に引けを取らずにいるのは、ひとえに虚空の間の存在による。つまり、滅茶苦茶努力したからこその強さなのだ。


 話は逸れたが、ともかく、想念の世界の産物である虚空の間にしても、この国宗が作り出した世界の芽にしても、時の流れが歪むということは十分起こりえるわけだ。

 その時の流れの歪みも、おそらくは国宗が産み出したものと考えるのが妥当だろうが、看守はその理由を知っているのだろうか。


「少しはこの芽の状況が分かった気がするが、どうだ看守よ。お前も国宗自身であるなら、何か原因が分からないのか」


 本来であるならもう少し頭を使って看守からうまいこと情報を聞き出す方法もあるのだろうが、そうした技術は俺には無いし、そもそも性に合わない。素直に聞くのが手っ取り早いと思い、直球で尋ねる。


「看守よ。お前も国宗の一部であることに違いはないだろ。何か知っている事は無いのか?」


「俺は所詮、魂が産み出した面の一つでしかない。もうとっくに消えていていいはずの俺が存在している理由は、お前達が着た時に備え、ガイドとして案内魂に引き合わせる為だ」


 看守は自嘲的な笑みを、なお浮かべている。だが、語気からは看守は腰を払いながら気怠そうに腰を上げる。


「こっちだ。魂がいる場所まで案内しよう」

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