囚人服の少年 -33-
影を纏い、
世界の芽は以前侵入した時とはまるで別物であるかの様にその
桔梗鳥居を抜けてまず感じたのは、眩しさだ。明るく温かな陽の光がさんさんと降り注いでいる。暖かい風がそよぎ、生い茂った木々を揺らしている。以前の森は無味無臭かつ無機質なハリボテのような森が、こうも変わっていると驚きを隠せない。
「こんな綺麗な景色じゃなかったはずだよな・・・」
俺はあまりの変化に独り言を漏らしてしまった。この森は
「なぁ、
俺は質問を投げかける。
「それは、世界の芽を作り上げる想念の質によります。この芽は
それ相応の出来事ねぇ。
この短期間でこれほどの影響を芽に与える物とは、一体何があったのやら。ついでに気になる事がもう一つ。
「今更だけど、謡は影を
「はい、問題ありません。我々ひな人形には魂が宿っていません。従って、思考や感情は存在しても、想念などの人の想いなどは我らにはありません」
それで謡は影を纏う必要がないのか。
謡達はまさにひな人形であるわけだが、ここまで意思疎通ができるのに、にべもなく言われてしまうのはどこか物悲しい。何も知らされていなければ謡を見たところでただの銀髪の美少女としか思えないだろう。
そんなしょうもない考えを抱いている俺をよそに、謡は周辺の警戒を怠らず、俺の安全に気を配りながら淡々と進路を決めていく。その様は一分の隙も感じさせない。
「
「わかった、ありがと。それじゃあ行こうか」
俺は謡の警護の下、様変わりした世界の芽を進んでいく。
道順は、前回の調査の時に進んだ道と同じだ。それ故、芽の変わり具合がよく分かる。気を抜いたら、この芽の世界が現実だと錯覚してしまいそうだ。この世界にいて、影を纏った自分の姿が酷く醜く思えてしまうほどに。
そして、遠くには刑務所と思しき廃墟が見える。
更に刑務所に近づくと、予想外の光景を目の当たりにした。
灰色で味気がなかったはずの刑務所が、見事に倒壊し、瓦礫を撒き散らした廃墟に成り果て、その廃墟や残骸を苔や蔦が覆っていた。多くの歳月を重ねたらしい事を窺わせる光景。だが、なぜだがこの有様のほうがとても美しくふさわしい様に感じた。
退廃の美学、なんて高尚なものではない。時の流れによって浄化された。そんな雰囲気を醸し出しているのだ。
「なんとまぁ、これは・・・。ほんとに凄い変わりようだこと」
相変わらず、謡は粛々と安全の確保に気を使いながら、俺の前を前進し、俺を誘導していたが、そんな彼女がピタッと止まった。
「九十九様、お静かに。二時方向を静かにご覧下さい。人影が見えます」
俺は身を廃墟の残骸に隠しながら、謡に言われた方角を確認する。確かに人影が見える。くたびれたシャツにスラックスを履いた男。肩を落とし、瓦礫に腰を下ろし項垂れている。
「あれは、看守か?」
俺は更に目をこらす。
日頃の激しい訓練もあってか、すっかり目が良くなった俺は肉眼でもよく物が見えるわけだが、影を纏った状態ではさらに望遠鏡の様に遠くを見渡す事ができる。
その能力を使い、改めて人影の正体を探る。
「間違いないな。あれは看守だ。国宗の
「九十九様、迂回しましょう。面に接触し戦闘が起きた場合、戦闘になるかもしれません。無用なリスクは避けましょう」
「まぁ、それが賢明だよね、普通は」
確かに、看守の戦闘力の高さは先刻承知だ。だが、見たところ看守に闘争心は感じられない。むしろ、茫然自失でいる様に見える。もし街の中にあんな有様の人間がいたら誰もが心配してしまうだろうと思わせる程の有様なのだ。
そんな看守に俺は危機感も敵愾心も沸くはずも無かった。考え過ぎかもしれないが、芽への侵入を察知した国宗がこうして俺達をおびき寄せるための罠を張ったとも考えられるが、それは無いと思う。
これには理由らしい理由はない。ただの俺の勘だ。看守は本当にただ、くたびれて座っているのだと俺の勘が
「謡、俺は看守に接触する。謡はここで待機な」
「その指示は承服できません。あなた何を考えているんですか」
あからさまに謡の語気が冷たく
「大丈夫だって」
「大丈夫じゃありません。大人しく私の指示を聞いて下さい」
「俺達の目的は芽の調査だろ?なら、あそこに座っている面だって調べなきゃ」
「九十九様の安全は全てにおいて優先されます。せめて応援が来るまで待って下さい」
「待ちません」
「
「聞き入れません。それにな、俺をそんな丁寧に扱う必要ねぇよ。俺は
「仰る通りです。ですが・・・」
「分かってるなら、さっさと行動だ。行くぞ」
看守の元へと移動しようと動こうとした瞬間。背中に何かをべたっと貼付けられた。
「・・・謡、何したの?」
「身代わりの折紙です。これがあれば万が一致命傷を受けても一命は取り留められます。どうしても心配なのでこれだけは背中に張らせてください」
不思議な子だ。ピクリとも表情筋が動かないが、どうやら心まで動かないわけではないらしい。俺の事を案じているのがとても伝わってきた。根はとても良い子なのかもしれない。
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