囚人服の少年 -32- 謡、参戦

「私が帯同する事は敵いますでしょうか?」


 真っ先に声を上げたのは、うたいだった。


「三日間、九十九様のお世話もしておりますれば、体調も把握しております。帯同するには適任かと思います。何卒」


 謡は、翁に平伏する。


「珍しいな、いつも従順である人形のお前が申し出るとは」


 翁は大層興味深そうに謡を眺めている。お市は煙管を吹かしながら、ニンマリと謡を眺めている。


「翁、せっかく謡が申し出ておるのじゃ。行かせてやれ。惣介もよいな。謡を帯同するとはいえ、無茶してはならんぞ」


「わかった。すぐに支度して芽に向かう。謡、よろしく頼むな」


 ハイと、歯切れよく答える謡の声は、どこか嬉しそうであった。常に無表情だから感情も無いのかと思いきや、そんなこともないようだ。


 かくして、俺と謡は世界の芽に向かうため、身支度を整える。


 俺はいつものように影を纏うだけでいいが、謡ちゃんは身支度に少々時間がかかっているようだ。


「申し訳ありません。武装に時間がかかってしまいました」


 猫のように軽い身のこなしで駆けてくる謡ちゃんは、先ほど同様、狩衣に似た恰好をしているのだが、よくよく見るとだいぶ現代風にアレンジされた物であるのが分かった。烏帽子といい、激しい動きに対応できるか甚だ疑問であるが、雅なのは間違いないのだろう。これはひな人形としての嗜みなのだろう、と勝手に納得している。


 それにしても、武装したというわりには得物が見当たらないな。


「謡ちゃん、準備はいいかい?」


「ちゃん、はいりません。謡と呼び捨て下さい」


「左様ですか」


 取りつく島もないってか。まぁ、女の子に雑に扱われるのには慣れている。哀しいことに、俺はモテないからな。慣れっこだが、心の痛みは慣れようもない。


「戦闘に備えて確認しておきたいんだけど、謡の戦闘スタイルはどんな感じなの?」


「私は、こんな感じです」


 そう言うと、彼女は両手をだし、くるっと手を返す。


 瞬間、謡の両手には小刀が握られていた。小刀を扱う様はアサシンや忍者を彷彿とさせるほどの手慣れた動き。


「私は、短刀による近接戦闘を最も得意とします。手裏剣や苦無くないの類いなどの投擲も得意ですし、徒手空拳の格闘戦も可能です」


 思った以上に武闘派だったのに驚いた。ひな人形はまといのサポートが主でありながらも戦闘もこなせるとは聞いていたが、こんなにゴリゴリの装備を見せられると正直ビックリする。


「・・・確認だけど、君、元はひな人形だよね。それに五人囃子で、音楽担当だよね?なんでそんな手練みたいな雰囲気醸しだしてるの?」


「我らはひな人形を依代よりしろとして、お市様が練り込んだ天恵てんけいで顕現しています。お市様は言ってみれば世界そのもの。あらゆる知識や技術の情報もお持ちなので、天恵にそれらを練り込むことで、我らはあらゆる技術を瞬時に習得することが出来るのです」


「超ハイスペックじゃないか。とんでもねえな」


 アプリケーションよろしく、世界の開闢から蓄えてきた技術や知識をダウンロードできるってことだろ?べらぼうに便利じゃないか。規格外れもいいとこだ。


「我らはお市様によって創造された人形です。依代となるひな人形の性質を色濃く受け継いでいますが、花姫はじめ、霽月邸の皆様や纏様に仕える為の存在であれば、いかなる命令であっても遂行します」


 この一言を聞いて、どこか寂しい感覚がした。


 そもそもの存在理由が違うことを痛感したからだ。


 謡の見てくれは、何も知らなければクールな美少女だが、謡達ひな人形は荒事から日々の雑用に至るまでなんでもこなす。全ては花姫の手足となって働く為に。


 本人達も言っていた。私達はアンドロイドのようなものと。だが、そこには皮肉や卑屈といった感情は無く、ただ事実として己の存在理由と氏名を諾々と受け入れているのだろう。


 コミュニケーションもとれるし、感情の片鱗も見えるが、それすら天恵に練り込まれた単なる情報にしか過ぎないのかもしれないと考えると。なんとも考えさせられてしまう。


 そうこうしているうちに、他のひな人形達の支度も終わったようだ。ディスプレイの立ち上げやお市達の席の準備も済み、出撃の準備が整った。


「さて、それでは行きますか。奴らの休暇が邪魔されないように、さっさと仕事を片付けてやろうじゃないか」


「了解しました。それでは、参りましょう」

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