囚人服の少年 -31- 世界の芽、再び
思わず味噌汁を吹き出す。
「
お市の眼光が一瞬で鋭くなる。先ほどまでのほんわかムードが一気に緊迫した空気へと様変わりしてしまった。折角の三日振りの食事がこれじゃ台無しだ。いや、今はそんなこと言ってる場合じゃない。
「えっ、どゆこと?」
思わず聞かずにはいられない。
「先日崩壊を確認した国宗の〈
謡は懐から先ほど俺にも見せた扇形のディスプレイで映像を映し出す。
そこには、青々とした森、済んだ青空、小鳥も飛び回っている森の景色が映っている。これは本物の森と
だが、その刑務所は廃墟と化していた。朽ちた壁に植物が生い茂り、壁や天井が崩れ、ボロボロに朽ちた檻が見える。あの囚人がいた檻だ。
映像はさらに刑務所内の檻に接近していく。檻の中央には膝を抱え横たわる囚人の姿が確認できる。
「これはこれは・・・」
お市や翁達はしげしげと眺めている。
「なんとなく予想はしていたが、よもやこういう形で表れるとは興味深いのう」
お市は合点がいくようだが、俺には何が起きたかさっぱりわからない。
「おい、お市。これどういうことだよ」
「
お市は俺を試すように問いを投げかける。
「わらわも貴様らに帯同させた〈折紙〉から常に見ていたが、囚人と看守、もとい、〈魂〉と〈仮面〉の軋轢は取り除かれたと思うか」
俺は、囚人と看守のやり取りを思い出す。
あいつらのやり取り、といよりかは、看守の一方的な説明に終始していたし、囚人から何かしらの主張も確認する事はできなかった。唯一、助けて、と俺に言った言葉は覚えているが、その言葉の真意は定かではない。
「あれだけのやり取りじゃ、あいつらの状況はわからねぇよ。色々話を聞きたかったが、その前にドンパチ始まっちまったからなぁ」
「そう、あれは儂も悪かったのう。あの時も言ったが、国宗は〈
「それは理解してるさ。ただ、人生の遅れって、どういうこと意味だ?」
「お前なら分かるじゃろが。貴様二十歳の頃、首を吊っておろうに」
大広間の空気が一気に冷え込んだのが分かる。耳をそばたてていた仕丁達も、エラい事を聞いてしまったといった様子だ。肩をすぼめて固まっている者、明らかにまずい事を聞いてしまったと頭を抱える者、呆然と俺を凝視する者。謡は・・・、無表情だな。
「俺の自殺未遂がどうしたって?」
「正確には、貴様が自殺に至るまでに味わった、苦痛と煩悶の日々のことよ。貴様を死に至らしめんとした苦しみは、何であったか。そしてそれを乗り越えた貴様が再び世に帰るまでどれだけの時間と労力を要した」
「あぁ、そういうことね。」
「それは、どういうことでしょうか」
謡が食いついてきた。これは驚きだ。無関心かと思えば変なところで興味を持ちやがる。仕丁達は冷や汗を流しながら、そぞろに庭から離れようとしている。流石に人形でもいたたまれない空気らしい。
俺は自分の過去を晒された事なんかより、存外人間らしい反応をする仕丁達の方が気になって仕方無かった。
「なぁに、俺も国宗と似た様な境遇だったのさ。まっ、精神的に病んで一度社会から落伍すれば、社会復帰にやたら時間がかかるって事だよ」
「なるほど、そう言う意味でしたか」
謡は腕を組み、なるほどと唸っている。彼女の中では何か得る者があったらしい。空気が読めていない言動であるが、それは世俗の常識でしかない。この幽界寄りの存在の彼女にとって世俗の常識は関係ない。むしろ、それは自身の役目にとって足枷にしかならないだろう。
「国宗を〈纏〉として招き入れるのであれば、彼奴の社会復帰なんぞ考える必要は皆無じゃが、それを強いる事はしたくないからの。その選択は国宗に任せたい」
それは、なんとまぁお優しい事で。などと言葉が喉元まで出かかったが、ここは押し黙る。というのも、俺がこのお務めをするようになったのは元を正せばお市に責任があるわけで、それに関連する事を言うのは流石に憚れるからだ。現に、お市の顔は曇りを見せている。言わぬが吉だ。
「いかが致しましょう。再度〈纏〉様方を芽に派遣致しますか?」
「ふむ、雫と松は休暇を与えてるが・・・呼び戻すしかないか」
あの二人、いないと思ったら休暇をもらってやがったか。いや、俺も三日寝てたし、休暇といえば休暇か。ともかく、招集した所ですぐには集まれないだろう。
「お市よ、ここは俺に任せてくれないか」
一同、驚愕の反応をしている。
「別に、大丈夫だろ。見た感じ、看守も人型も見当たらない。ちょっと様子をみてすぐに帰ってくる。それに、静観していていい状況とも思えないし、偵察ってことで」
「不足の事態が起きたらどうするのじゃ」
「その時は尻尾撒いて逃げ帰るさ」
お市はうなだれ、大きな溜め息をつく。呆れてものが言えないといったところか。
「わかった、あくまで偵察として惣介を芽に送り込む。だが、単独で行くのは流石に不用心が過ぎる。ひな人形を連れて行け。
翁は顎をかきながら、いつのまにか集結していたひな人形達に目を配る。ひな人形達の戦意は高いようで、みな我が我がと爛々とした目で主張している。こんなにひな人形達がアグレッシブだったとは、思わぬ発見をしたもんだ。
「全員、
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