囚人服の少年 -29- 決着

「この野郎が!」


 氷の壁は空中には作れない。つらら状に冷気を固め、それを力一杯投げつけるが、看守は空中でそれを難なく躱し、囚人の背後に降り立ち、囚人に渾身の一撃を放つ。顔面に直撃したかと思ったが、囚人は寸でのところを片手でその警棒を受けとめていた。


 看守はさらに容赦なく攻め立てていく。

 俺は氷の壁を形成しながら、囚人の前へ出て守りを固めようとするが、全力で築いた氷の壁も看守の蹴りで粉砕された。


 なんて威力だ。

 勢いそのまま、警棒を突かれ土手っ腹に突きが入る。咄嗟とっさに防ごうとしたが、あまりにも力の差がありすぎた。あまりの衝撃に体が仰け反る。その一瞬の隙に更に看守の追撃が囚人を襲う。


 だが、囚人も巧みに看守の攻撃をかわしていく。

 看守は警棒を振り、突き、囚人との間合いを詰め、離れないように立ち回っている。対して囚人は何とかして看守と距離を取ろうとしている。さっきの囚人の攻撃を見た限りでは、囚人にとって接近戦は不利のようだ。


 俺は体勢を立て直そうとするが、さっきの看守の攻撃でかなり体がダメージを負ってしまったようだ。上手く動かす事ができない。ダメージに耐えかね膝を着き、その場に倒れ込んでしまった。


「惣介、大丈夫か」


「ギリ大丈夫。それよか、人型の群れはどうした」


「さっきの囚人の一撃であらかた片付いたようだ。それから人型の増援もないようだし、残敵掃討に雫と霞が当たってる」


 そうか。状況はこちらに有利になってきたみたいだが、あの看守を何とかしない事にはどうしようもない。

 看守と囚人は、息を切らしながら睨み合っている。どうやら互いに攻めあぐねているようだ。看守は〈魂〉を相手にしても容赦なく攻撃を加えているが、囚人も人並みはずれた身のこなしで看守の攻撃をさばいている。


「流石に〈仮面〉は〈魂〉に敵うわけも無く。とはいえ、このままでは終われない。僕は、囚人を解き放つわけにはいかない」


 看守からは並々ならぬ使命感を感じる。そこまでして肉体の主導権を奪いたいのか。


「惣介、囚人に加勢する。看守の側面に回れ。挟撃きょうげきするぞ」


「了解」


 敵の数が減り、看守は弱り、状況は俺達に優勢となった。畳み掛けるのなら今だ。痛がって寝てる場合じゃない。俺は痛む体に鞭打って起き上がる。ここは根性の見せ所だ。松浪と俺は看守を両脇から挟むように陣取り、息を合わせつつ攻撃の隙を伺う。


 看守は囚人を見据えつつ、俺達への警戒も怠たらず、隙がない。ならば隙を作り出すまで。

 一足で踏み込み、氷結させた拳を看守に放つ。一瞬看守の注意が俺に向けられる。その一瞬を松浪は捉え、ナイフを構え間合いに踏み込む。


 だが、看守の反応速度は更に増していた。挟撃したにも関わらず、一瞬で俺達は攻撃を捌かれた上、鋭い蹴りを喰らい、壁まで吹き飛ばされた。

 流石に防御力が高い俺でもこれは効いた。腹を蹴られ、息ができない。松浪もどうやら酷くやられている。なんとか立ち上がろうとしているが、それもままならないようだ。


「松、九十九、大丈夫か!」


「ちょっと、まずい。身動きできねぇ」


「動くな、〈影〉を貫通する攻撃とは厄介ね。後は私に任せなさい。かすみ、二人を守って」


 太刀川は刀を構え直し、切り込もうとするが、そこに囚人から待ったが入った。


「皆さん、ありがとうございます。でも、これは僕の心の問題です。僕が自分でケリを着ければ丸く収まるはずです。ここは任せて下さい」


 看守と囚人は更に激しく打ち合っている。互いに消耗しているためか、もうお互いの攻撃を防ぐ事もできず、ただ殴り合うだけだった。


「我が〈魂〉ながら驚いた。これだけ根性があるのに、どうしてのたくっているんだか。これだけの力があれば看守という存在は不要だったはずなのに」


 看守はあきれ顔だ。確かに、囚人は監獄を出ようと意を決してから明らかに雰囲気が変わったのは間違いない。だが、あの覚悟した顔からは復讐なんてものは感じなかった。それに今の看守の言い草。まるで、さっさと自力で出て行って欲しいみたいな言い草だ。やはり、上面の理由ではなく本音があると見た。


 看守は警棒を振り上げ、囚人に迫る。もう体力は限界のようだ。囚人は看守と対峙したまま動こうとしない。だが、その目には確たる何かを感じさせる。

 囚人は、警棒を振りかぶった看守をそっと抱きしめ、静かに言った。


 ありがとう、と。


「君は・・・君は僕自身だ。看守の〈仮面〉を被り〈魂〉を閉じ込める事で、僕がこれ以上傷つかないように守ってくれていたんだよね」


「・・・」


 満身創痍の看守にはもう、囚人を攻撃するだけの力はなかった。ただ静かに囚人の声に耳を傾けていた。


「ありがとう。でも、もう大丈夫。僕はまた、歩いていけるよ」


 その言葉を聞いた看守の体が、光に変わりながら体が綻び、崩れていく。その顔はとても穏やかだった。それとともに、この〈世界の芽〉も光に変わり、静かに崩壊していく。


 幻想的で美しい景色だった。

 無機質で淡白な灰色の世界が、光の霧のように変わりながら音も無く崩れていく。


「おい、これまずくないか?崩壊に巻き込まれたら」


「これ、うろたえるな、惣介」


 お市の声。〈折り紙〉からの通信だ。続けて長柄から状況の説明があった。


「ただいま〈世界の芽〉の分解が確認されました。その世界はクランケ同様に霧散し、いずれ消滅しますが、皆さんに危険は及びません。安心して下さい。〈世界の芽〉が消滅しても、幽界に戻るだけですので。桔梗門を皆さんのいる近くまで移動させるので、そのまま待機してて下さい」


 長柄の声からは、焦りや緊張といったものは感じられない。

 音も無く〈世界の芽〉は霧散し、俺達は幽界を漂っていた。この浮遊感は現界から境界へ移動する時の感覚に似ている。体が重力から解放され、辺り一面の星景色。なんとも不思議で美しい世界だ。これが幽界か。


「国宗の奴も見当たらないが、あいつはどうした?」


 俺は長柄に尋ねる。


「国宗総太は〈世界の芽〉の崩壊とともに肉体へと〈魂〉が戻るはずです。問題は無いと思われますが、念のため、ひな人形の何体かを現界に向かわせ調査します」


「そうか、無事ならそれでいいが」


 どうやら、終わったらしい。初の幽界探索。肩ならし程度のはずが、ガッツリと働いた気がする。とにかくがむしゃらにがんばってみたはいいが、最後はなんともあっけなく終わった気がする。


 感慨かんがいふける間もなく、俺は松浪と共に太刀川に襟を掴まれながら、桔梗門ききょうもんへ辿り着き、無事帰還を果たした。

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