囚人服の少年 -28- バトル・オブ・プリズン

 甲高い靴の音。地面が割れるほどの看守の力強い踏み込み。一歩で間合いを詰められる。看守が警棒を振り下ろす寸前に〈影〉を全身に纏い、氷の壁を生成し、なんとか初撃を防ぐ。


 人型も看守に続き雪崩の如く攻め込んでくる。このままではすぐに大勢の人型に押し込まれる。


惣介そうすけ、囚人を壁で囲え!」


 折り紙から太刀川の声が響く。言われるまま背後にいる囚人の周りにかまくら状の雪の壁を生成する。

 次の瞬間、部屋の奥から猛烈な勢いで緑のガスが刑務所内を満たした。


「さっきのあんたらの会話、私達も聞いてたよ。ともかく、囚人を連れて外へ出るわよ!」


 奥から走る音が聞こえる。〈影〉を纏った太刀川とガスマスク姿の霞が人型を倒しながらこちらに向かってくる。ガスは案の定、霞が撒いたようだ。あれだけいた人型がバタバタと倒れ、クランケのように霧散していく。ただ看守の姿が見えない。寸でのところでガスから逃れたか。


「なかなかの威力だろ?相変わらずお姉さん達には効かないみたいだけどさ」


 ガスマスクで霞の表情は分かりずらいが、どこか口惜しそうだ。だが、毒ガスの屋内での効果は抜群だ。毒ガス能力持ちの面目躍如といったところか。


「助かった、感謝する」


「いいってことよ」


 松浪の謝意に霞も満更ではないようだ。それにしても、霞の毒ガスがここまで攻撃力があるとは。俺達三人は〈影〉のおかけで無事だが、直接毒に晒された人型達は体も若干溶けている。そういえば、ガスだけではなく溶解液も混ざっているんだっけか。囚人を守る為に生成したかまくらも、なんとか毒にやられず形を保っている。


「ところで、ガスが充満したままじゃ、囚人をここから出せねぇぞ。何か手はあるか?」


「あっ、しまった・・・」


 やはり、霞は阿呆の子のようだ。だが、さっきの毒の攻撃で一気に形勢を逆転できたわけだし、文句は言えない。皆も特に責め立てることもせず、囚人を連れ出す方法を考える。だが、そんな心配は単なる杞憂に過ぎなかった。


 囚人を守る為に生成したかまくらが、溶け始め、うちから暖かい光が漏れ始めていた。

 どうやら内側からかまくらを溶かしているらしい。この感じ、俺達が攻撃を受けた光の弾に似ている。


 あっという間にかまくらは溶け、中からは淡い光をまとった囚人が出てきた。すっかり傷も服も治っている。


「おい、ガスが充満してるのに大丈夫なのか?!」


 慌ててふためく俺達に対し、囚人は伏し目がちに答える。


「大丈夫です。それより、この刑務所から出ましょう。この建物から出る事ができれば、〈仮面〉はもう僕に手出しできないはずです。どうか掩護をお願いしたいです」

 か細い声だが、ハッキリとした口調だ。どうやら、〈魂〉の気持ちは決まったらしい。


「よし、お市の命令もある。全員囚人の援護にあたれ。刑務所の出口に向かって前進開始」


 俺達は松浪の号令のもと、刑務所の出口に向かい前進を始める。すでに新たな人型が多数、再び出現した。これではキリが無い。


「霞、お前の毒ガス攻撃はまだ可能か」


「ゴメン、無理!今ので最後!」


「仕方ない、残りは白兵戦で片付ける。雫と霞は俺の両翼で道を開け。惣介は囚人を守れ」


「おうよ!」


 人型はこちらに向かって駆けてくる。

 戦闘が始まる。

 相も変わらず、眼前の敵に打ち勝つ為に容赦ない剣戟を振るう太刀川と松浪に加え、その二人を同時に相手をした霞が戦列に加わった事で、俺達の戦力は一気に増強された。


 霞はクランケということもあり、やはり尋常ならざる体力を持っていた。毒ガスで攻撃しなくとも、人型相手であれば素手でも十分対処できている。殴り、蹴り、投げ飛ばし、ケンカさながらの戦い方だが、一撃の威力が強いので確実にしとめている。


 あれよあれよと打ち倒されていく人型達だが、四方の部屋から無限かと思えるほどの人型が表れ続けキリが無い。


「畜生!松、このままじゃ埒が開かない。どうする!」


「さすがにこれだけの数が相手だと厳しいな」


「お姉さん、ちょっ、ヘルプヘルプ!これヤバいって!」


 霞が押され始めている。太刀川たちかわ松浪まつなみはなんとか持ち堪えているが、このままではまずい。とはいえ、俺が前に出ることもできない、三人の隙を突き、何体かが戦列をくぐり抜け、囚人をめがけこちらに攻めてきているからだ。俺もその人型の相手で身動きできない。


 攻めあぐねていると、後ろから肩をポンと叩かれる。


「・・・僕も・・・戦います!」


 静かだが圧のある声で囚人は言った。

 片足に繋がれた鉄球と足枷の金属音が刑務所内に響く。


「皆さん、避けてください」


 囚人はそう言うと、足枷が突いた足を大きく振り鉄球を蹴り飛ばす。何事かと一瞬振り返った三人は囚人の動作から察し、空中高くへ跳ね、逃れる。凄まじい勢いと光をまとった鉄球が自在に伸びる足枷の鎖と共に人型を薙ぎ払っていく。


 一瞬だ。一瞬で目の前の人型達が霧散していく。

 この調子では俺の出番はなさそうだな。

 だが、警戒を解く事はできない。まだ、看守の姿が見当たらない。どこだ。奴はどこに居る。


「九十九さん、上です」


囚人の声、頭上から警棒を振りかざした看守がこちらに向かって飛んできている。


いつの間に。

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