囚人服の少年 -27-

「人生そういう事もあるだろう。不幸なんざ、その辺にいくらでも転がってる。一歩進めば落とし穴が、道を行けば人が襲われ、通りに入れば女が犯されている。そんなクソみてぇな光景だって安全神話蔓延るこの国にだって普通に見られる光景なんだぜ。事情は分かったから、不幸自慢はさっさと終いにして、本題を聞かせてくれ」


「おい、惣介。自重しろ。なんのために俺が下手に出てると思ってる」


「大丈夫だ。こいつはムダにキレて暴れる様な奴じゃねぇよ。忍耐も根性も人並み以上だ。でなけりゃあんだけのいじめを耐え抜けるかよ」


 実際は他にも理由がある。この刑務所を創造したのは国宗で間違いない。ここにいたって刑務所は依然として形を保ったままだ。

 俺達〈纏〉の能力にもいかに平常心を保ち続けるかというのは死活問題だ。想念の世界である幽界で精神が崩壊すれば〈纏〉といえど瞬時に〈影〉が剥がれ、幽界に呑まれてしまう。


 従って、俺達は戦闘訓練以上に精神面のトレーニングを重視している。それを踏まえて考えると、この国宗という男、俺達みたいな異分子が世界に侵入しても己の世界を保ち続けているのは驚嘆に値するというものだ。


「本当に面白い人ですね。普通、こういうナイーブな話はもっと神妙な顔して聞く人がほとんどだというのに。まぁいいでしょう。別に、不幸を自慢するために長々とお話ししたわけじゃありません。ここからが本題です。僕の〈魂〉は確かに、一度は燃え尽きました。だが、命の性質上、燃え尽きたままというのはありえない。いずれは回復し、何もかも元の通り戻るかと思われました。だが、復讐心は消える事はなかったのです」


 看守は、囚人を指差す。


「僕の〈魂〉は今だ復讐心を燃やし、精神の主導権を渡したならば今度は奴らに直接制裁を加えかねない。ならば、精神が破綻したまま死んだように生きていれば何の問題もない。誰にも迷惑をかけずに済む。僕にだって平穏に生きていく権利はあるはずだ。だから、僕は〈魂〉を囚人として牢獄に繋ぎ止め、〈仮面〉の僕が変わりに現実を生きるのです。新たな国宗総太として」


「なるほど。現実世界でやらかしそうな〈魂〉の代わりに〈仮面〉のお前が肉体の主導権を手に入れ、事を起こさせない為の刑務所、ということか」


「その通りです。ご理解頂けたようでなによりです。お話しした通り、極めて個人的な問題です。後の事は自分で何とかします。どうかお引き取りくださいませんか」


 看守は出口のドアに向かって手を広げ、人型の列も割れる。その先には、固く閉じられていたはずのドアが開いている。


「どうするよ、松浪」


「ふむ・・・。俺達としては、この〈世界の芽〉について調べる事もできたし、後は無事に帰還できれば文句はないとも言える。看守が言うように、囚人をどう扱うかは国宗の自由だ。そもそも、この世界に干渉する権利も俺達には無い」


「だよな。看守も、初め俺達に出会った時、助けを求めてたしな。そもそも囚人を閉じ込め続けたいだけならば、〈仮面〉はもう十分にその目的を果たしていた。俺達に助けを求める必要は無かったはずだ。むしろ、どこの誰ともわからん俺達を刑務所に入れずに、囚人にやられたまま捨て置けば良かったはず。なぜそうしなかった」


 松浪は思案し、看守は沈黙している。



 国宗はもっともらしい理由を並べて囚人を拘束してはいるものの、その行動に矛盾がある。俺には看守には別の意図があるように見えてならない。


「国宗よ、お前本当は檻から出たいんだろ?」


 囚人と看守は同期しながら、ピクリと反応する。


「囚人は外に出たい。看守の国宗も、本当は解放してやりたい。だが、解放はできない。それはさっき看守のお前が言った理由ではなく別の事情でだ。一人じゃどうにもできず、ジレンマが溜まりに溜まってこの世界を作り上げ、そこに俺達が入り込み、これ幸いと俺達に脱獄の手助けをさせようとしている。なんて仮説を立ててみたが、どうだ」


 正直、当てずっぽうと直感に頼った仮説だ。まさになんとなくそう感じたままの考えをぶつけてみただけなのだが、看守は俯きわなわなと震えはじめた。


「理解してくれませんか?囚人を解き放ってはいけないんです」


 看守は腰に差している警防を握りしめる。

 思わず身構えるが、そこへ〈折り紙〉からの通信が入った。


「皆、聞こえるか」


 折り紙から聞こえたのは、お市の声だった。


「その看守を退け、囚人を解放せよ。これは命令だ」


 唐突な命令だが、何か考えがあるのだろうが。


「その国宗という男、〈纏〉としての素質があるやもしれん。囚人に協力し、〈魂〉の願いを叶えてやれ」


「松浪、了解した。行動を開始する」


「おい、松!」


「花姫の命令だ。お前も従え」


「荒事は簡単で構わないが、なんだって急に対応を急ぐ」


「時間をかけてもいられないのじゃ。お前は気付かないのか?その刑務所内の空間は拡張され続け、人型もそれに合わせ多数出現している。このままでは危険が増すばかりじゃ。それに、万が一でも〈仮面〉なんぞに〈魂〉を乗っ取られては〈纏〉の能力に瑕がつく。戦力増強は喫緊の問題じゃ。大人しく言う事を聞け」


 確かに部屋の空間も広がり人型の数も増えているのは確かなようだ。僅かに〈影〉を腕に纏わせる。〈影〉の生成具合から刑務所内の現界化に綻びが出ているようだ。これなら問題なく〈影〉を纏える。


 看守が警防を抜くと同時に、人型もそれぞれ得物を抜く。もはや荒事は避けられない。

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