囚人服の少年 -26-

「面白い事、言いますね」


 いつの間にか看守の国宗が檻の出入り口に立っている。檻の周りは埋め尽くすほどの人型が整然と並び、こちらを凝視している。


「あなた方には上手い事お引き取り願おうと色々考えていましたが、囚人を解き放つのは辞めて頂きたいものですね。そんな事をされては困ります」


 看守は手を腰の警防に添える。俺達も囚人を庇いつつ看守と対峙する。看守の動きは威嚇に留まっているようだが、もし戦闘になったら不味いな。あれだけの数を生身で相手にするのは分が悪すぎる。


「君は俺達に助けを求めていたんじゃなかったかな?この状況をなんとかして欲しいと」


「えぇ、確かに。でもそれは『僕』の望む形で、という話です。先ほどのあなた方のお話で、全て思い出しました。僕はこの不思議な世界が作られてはじめてこうして体を持つ事ができました。目的は、あなた方にも話した通り、その囚人、もとい、僕の〈魂〉を檻に捕らえ続けるためです。あなた方には何故自分自身でこんな馬鹿げた事をすると思うでしょうが、僕、いや、役を与えられた〈仮面〉として理由があるのです。一つ、面白い物をお見せしましょう」


 看守が靴音を鳴らすと、足下の床に映像が浮かび上がる。映っている景色はどこにでもある一軒家だ。その中には、どこにでもある家族の団らんが映されている。父親と、母親と、それに、幼き日の国宗が。


「僕は、どこにでもいるような家庭で生まれ育ちました。決して、裕福ではありませんでしたが、人並みの生活は営める程度には環境に恵まれていました。両親も、僕を愛していなかったわけでもないと思います」


 映像に映されている国宗の両親がクローズアップされる。我が子への愛情に満ちた顔だ。とても、穏やかで暖かい。この両親、さっきの所長と副所長の人型と背格好がよく似ているな。


「この刑務所の所長と副所長は、両親がモデルなのか」


「えぇ、そうです。今となっては両親というより、キツい上司のほうがしっくりきますがね」


 吐き捨てる様に、看守は言う。顔は酷く苦々しい表情だ。よほど嫌悪しているらしい。


「自分でいうのもなんですが、僕は子供の頃は性格がいい事で評判が良かったんですよ。特に大人達からね。両親はそんな僕をとても可愛がってくれました。でも、大人達にひいきされるのも問題がありまして・・・」


「さしずめ、いじめっ子にでも絡まれたんだろ。良くある事だ」


 俺は痒かった耳を小指でホジリながら言い放つ。なんとなく、この後の話の展開が読めてしまったのもあるが。

 看守は嫌みな笑いをこちらに向ける。


「仰る通り、僕はクラスメイトからいじめを受けました。それはもう酷い、いじめでした。初めは暴力の嵐。その傷が目立つようになると、発覚を恐れたいじめっ子達は、今度は証拠の残らない陰湿な方法でまたいじめをしてきました。それでも、僕はがんばりました。いじめにめげず、努力に努力を重ね、スポーツや勉強で成果を出し、不良にもならず、必死で真面目に生きてきました。」


 映像には国宗が過去経験してきたであろう、俗に言う『目を覆いたくなるような光景』がそこには鮮明に映し出されていた。

 俺の予想通り、彼は手酷いいじめを受けていた。理不尽な暴力。物は盗まれ、壊される。無視されるのは当たり前。加えて、他のクラスメイトや教師は見て見ぬ振りときている。どうやら幼き日の国宗少年には救いの手は差し伸べられなかったらしい。いじめの被害の最たる物は、被害者の自尊心が根こそぎ破壊される事にあるが、こんな環境でよく死なずにいたものだと思わずにはいられない。

 だが、映像を映し出される彼の過去を見る限り、彼はそんな中でも、いじめっ子との関係の回復にも努力したし、逆境の中にあっても彼は自分の人生を憎悪や悲嘆ではなく良い物にする為に惜しみなく努力していた。

 俺と松浪はただじっと、目を逸らさずにその全てを見る。わざわざこんな物を見せるという事は、何か意図があるはず。それを見極める為に。


「真面目に生きた甲斐合って、僕は高校大学と進学し、警察官になりました。いじめを受けた経験から、不当に虐げられる人の助けになりたいという安直な理由でしたが。警察官として奉職していたある日、昔のいじめっ子が起こした傷害事件に遭遇して、それを現場で取り押さえました。奇跡の再会ですよ。お互い一目で気付きました。目の前にいる人間が誰なのかを。思わず聞いてしまいました。俺を覚えているか、なぜ俺をいじめたと。彼はこう言い放ちました。『お前をいじめたのはただ、楽しかったからだと』。子犬みたいに怯えながら、卑屈にまみれた声で、彼はそう言いました。全く驚きましたよ。あんな奴にいじめられていたとはね」


「君の境遇には同情する。さぞ大変だったろう。だが、君はそんな逆境の中、道を踏み外す事もなく、立派に成長してみせただろ。更には犯罪者に身を落した憎きいじめっ子を逮捕してみせたんだ。復讐心に燃えていたとはいえ、」


「ええ、そうですね。けれど、問題はそう単純じゃありませんでした。その時、気付いてしまったんです。僕は、ただ復讐のためだけに今まで生きてきた事をその時、思い知らされました。手に入れた身分も地位も、身に付けた格闘術も何もかも、復讐のためだけに費やしてきたのです」


 大きな溜め息。全てが徒労だったといいたげな溜め息だ。


「その事実に気付いてからはあれよあれよと心身の健康が損なわれていくのが分かりました。異変に気づいた家族に精神病院に連れて行かれ、めでたく僕は重度の精神疾患を患い、今も実家で廃人同然で過しているというわけです」


 どうやら国宗は、燃え尽き症候群というやつになってしまったんじゃなかろうか。それなら、彼が今心を患っている理由もきっとそれが原因なのだろう。

 国宗は知らず知らずの内に人生の主軸としていた目的、即ちいじめっ子への復讐が果たせた事で、生きる意味を失ってしまったということなのだろう。


 想像してみる。幼い頃から燃やし続けた復讐心がある時いともたやすく果たされ、しかも、人生を捧げてきた復讐の相手が実にしょうもない相手だったとしたら。確かに、溜飲が下がる以前に、虚しさのあまりに心に穴が空きそうだ。


 だが、本当に燃え尽きたなら、わざわざこんな刑務所を幽界に拵えるほどの想念を出すとは考え難い。まだ、他に理由があるはずだ。それを探さねば。

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