囚人服の少年 -25- 接触 -

国宗総太くにむねそうたなる人物ですが、戸籍情報ありました。年は二十五歳。性別、男性。現在無職で極めて重い精神疾患の病歴があり、自宅療養をしているようですが、ほぼ廃人状態が続いているらしいですね」


「そんなことまで分かるのか?」


「はい、もちろん。桔梗様の世界には、あらゆる情報が記された〈大鐘おおがね〉があります。桔梗様からお許しさえ頂ければそこから情報を手に入れる事ができるので、彼の人物の個人情報も手に入ります。」


「なにそれすごいけど怖い」


「もちろん悪用はできませんよ。だからアクセス権限も限られてますし、〈まとい〉のあなた方であっても〈大鐘〉に触れる事は許されていませんからね」


「ハイハイ、悪用しませんて。ちなみに、国宗の顔画像をこっちで確認する事はできるか」


「可能です。今〈折り紙〉を使って投影します」


 〈折り紙〉の蛙がぴょんと跳ね、俺の手の平にあがる。すると、蛙からロウソクの火のように淡い光が漏れだし、蛙の頭上に光で立体の顔が描かれる。

 松浪も俺もじっと頭を寄せ見入る。確かに、この顔は看守の主任を務めている青年の顔だ。だが、頭の片隅で何かが引っ掛かっている。じっと見つめ、ふと思いつく。


「長柄、国宗の顔をもう少し幼くする事ってできるか」


「できますよ。少々お待ちを」


 光で描かれた国宗の顔が徐々に幼くなっていく。


長柄ながえストップ!松浪、この顔と囚人の顔を見比べてみてくれ」


 やっぱりか。気のせいじゃなかった。

 松浪は檻に近づき、顔を見比べている。


「おい、惣介。これはどいうことだ。国宗が二人いるってことか?」


「どうやら、そうらしい。大人の国宗が、子供の国宗を檻に入れてる格好だな。だが、天恵てんけいの密度から言って、その囚人がこの世界の創造者でかつ本物の気がする」


「オリジナルが檻に入って、分身に看守やらせてるってことか?理由はなんだ」


「それが分かれば、色々捗りそうだな」


 俺は腰を上げ、辺りを見渡す。人型の姿が見当たらない。先ほどまであれだけの数で厳重に警備していたはずだが、いつのまにか誰もいなくなっている。刑務所内は静まり返り、呼吸や衣擦れの音が耳に残るほどの静けさ。


「これはどういう事だろうね、松浪君」


「さぁな。だが、囚人に接触するいい機会だとは思うぞ」


「まぁ、たしかに」


 目を見合わせ、お互い頷く。これはチャンスと俺達は辺りを警戒しつつ、檻の出入り口に向かう。

 檻の出入り口に着いたが、人型が表れる気配はどこにもない。この奇妙な檻は扉の変わりに出入り口の境界線場に赤い線が一本引いてあるだけだ。

 恐る恐る、檻の境界線を越え、一歩踏み入れる。警報すら鳴らない。さらに一歩進み完全に入る。


「大丈夫みたいだな」


「よし、接触するぞ」


 足音だけが刑務所に響く中、囚人へと近づく。間近で見る囚人は思った以上に小柄だ。取り押さえられたときに負ったであろう傷もまだ癒えきっていないようだ。


「よう、随分やられたな少年」


 俺は屈みながら少年へと声をかける。少年は僅かにこちらを見上げる。目に一杯の涙を湛えながら、頬に涙が伝わる。


「国宗総太君か?」


 松浪の質問。少年は小さく頷く。なんとか体を起こそうとしているが、自力で起き上がるのはできないようだ見ていて痛々しい。俺は少年に肩を貸し、体を起こすのを手伝う。


「色々聞きたい事があるんだが、話はできそうかな?」


 再び、少年は小さく頷く。


「看守の青年も国宗と名乗っているが、どちらが本物の国宗君か教えてくれないか?」


「・・・ど・・・どっちも」


「つまり、今の君は分身していると?」


 少年は頷く。


「なぜ、片方が檻に入りられ、もう片方が看守として君を閉じ込めてるのか教えてくれないか?」


「・・・僕らは・・・僕は、僕にとっての一番の在り方を探していたら、こうなった」


 謎の発言だ。精神を患っている長柄は言っていた。なら、これはいわゆる多重人格ってやつか。いや待て。多重人格であるなら同じ名前を名乗るのはおかしいはず。全く別の人格として表れてこそ多重人格と呼ばれているはず。だが、国宗はどちらも同じといった。


「だけど、ずっと、こ・・・このままじゃいけない。・・・このまま・・・じゃ〈仮面かめん〉に・・・〈たましい〉を乗っ取られる。この檻から、出ようとした。けど、・・・いつも失敗した・・・何度も・・・何度も・・・」


「すまん、聞き慣れない単語が出たわけだが、〈魂〉と〈仮面〉って何?」


「〈魂〉に関して言えば、それは全ての命の源であり、言ってみれば俺達の本体だ。お市から聞かされた事無いか?だが、〈仮面〉ってのは、なんだろうな。俺もよく分からない」


 そういえば、と、俺は思い出す。お市はさらりとこの世界の理について話した事が何度となくあった。だが、その話はいつもお茶会でとりとめもない会話の中でさらりと言われるだけで、あまり印象に残ってなかった。


「そういえば、そんな事言ってたような・・・」


 俺は歯切れ悪く答える。だが、〈仮面〉について俺は聞き覚えがある。これはお市の話ではなく、どこかで仕入れた話のはず。


「〈仮面〉については聞き覚えがある。確か心理学で言われるやつの事じゃないか?ほら、役割の違いや場面に応じて態度や行動を変えたりするじゃないか。その時々に最適な自分を演じるってやつ」


「人間の心にある無数の顔を〈仮面〉と表現し、それを使い分ける事で社会生活を円滑に営めるってやつか。確かに、聞いた事はある。なら、このへんてこな世界も、その世界で〈魂〉が〈仮面〉に拘束されてるのも合点がいく」


「お?あー・・・そうなの?」


「となると、〈仮面〉が〈魂〉を乗っ取る理由が気になる所だな」


 松浪は万事把握したといった風だ。だが、俺はまだ何も分からずじまいだ。一人で納得しないで俺にも優しく教えて欲しい。


「国宗君、確認したい事がある。君は本当に檻から出たいんだね?」


 松浪は優しく語りかける。


「君が本当にこの檻から出たいのなら、俺達は協力しよう。だが、出来るのはあくまで協力だ。檻を出るには君自身の力で出なければならない。やるかい?」


 その時、静まり返った刑務所に甲高く足音が響いた。

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