囚人服の少年 -24-

 檻の奥に倒れている囚人を見る。傷が痛むのかまだ震えている。何気なく観ていると囚人と目が合った。涙をこぼしている。子供のように声を押し殺し、咽び泣いている。

 少年は僅かに顔を上げ、縋るように、救いを求めるようにこちらに顔を向け、手を伸ばす。


 た す け て


 そう、言っているようだった。繰り返し繰り返し、呟いている。声は聞こえないが、あの唇の動き、その表情、その目、確かにあの囚人は助けを乞うている。俺はそんな囚人を見つめたまま動けずにいた。


「おい、どうした」


「先に戻ってくれ。囚人の様子が気になる。しばらく観てから行く」


「そうか。気が済んだら戻ってこいよ」


「あぁ、ありがとな」


 松浪達と別れ、俺は囚人の顔がよく見える位置に移動する。檻の周りには等間隔に人型が配置されている。隙を見て囚人に近づけないかと思ったが、これでは無理そうだな。


 半円状の檻の一番奥の壁面まで移動する。ここからなら俯いた囚人の様子がよく見える。腰を下ろし、じっと見つめる。


 直接話せないのなら、せめて彼の表情や目から何かを伺う他無いと考えたからだ。生来の能力なのか、それとも長年の素敵な生育環境のせいか、俺は割と普段どうでも良いことには感心が向かず、興味もわかないが、物事の本質を見る能力に関しては、他人より優れているらしい。この能力で、いままで余計な事に気付いて損をしたことなど枚挙に暇が無い。


 少年の本質が見れたらと思ったが、果たして上手くいくか。囚人の少年は、止めどなく涙を流し続け、俺を見つめている。相変わらず、たすけてと唇は動いている。

 だが、今の俺にはどうする事もできない。無理に人型の警備を突破して囚人と接触を試みるのは現時点ではリスクが高すぎる。

しばらく囚人を観察していると、再びポケットに忍んでいた〈折り紙〉の蛙から長柄の声が聞こえはじめた。


「こちら、長江。九十九さん聞こえますか?」


「おー、通信状況が良くなったか?建物の中心部にいるが、声が聞こえるぞ」


「こちらも音声がクリアになりつつあります。障壁が更に弱まったようです。あと、こちらからも報告がありまして〈世界の芽〉の解析を進めていましたが、天恵の密度が最も高いエリアが建造物の中心部にあるようです。確認できますか?」


「あぁ確認した。目の前に寝そべってるぞ」


 やはり、囚人がこの世界の鍵のようだ。

 さて、どうやって接触するか。相変わらず、警備は厳重のままだ。


「長柄、一つ頼みたい事があるんだが、いいか」


「はい、なんでしょう」


国宗総太くにむねそうたという人間がこの刑務所で看守として働いている。現界にも同じ人間がいるか確認できるか」


「はい、問題ありません。少々お待ちを」


 俺は国宗について現時点で分かっている事を長柄に伝え、一旦通信を終える。人物の照会が簡単にできるとは便利なもんだ。確か、桔梗の世界の人間であれば世界の記憶が刻まれたビッグデータからいくらでも情報を取れるとか言ってたな。

 照明が落ち始める。白く明るい部屋が暗転し囚人だけに照明が当てられる。


「消灯時間らしい。早いもんだな、一日が過ぎるのは」


「もうそんな時間か。時計が無いから気付かなかった。腹も空かなけりゃ、腹時計も使えない」


「境界に入る時点で、体は半分幽界に耐えられるように体の作りを花姫の力で変えられるから、肉体の生理現象も起きなくても不思議な事じゃないさ」


 松浪は俺の隣で腰を下ろし、俺に飲み物を渡してくる。ご丁寧に、缶ジュースの蓋を外して。


「応接室の冷蔵庫に入ってたやつだ。飲んでみろ、旨いぞ」


 無造作に渡してくる。暗くて缶のパッケージが見えないが、とりあえず飲んでみる。この味は、オレンジか?味から察するに人工甘味料不使用の本物のオレンジジュースと見た。悪くない味だ。


「あぁ、確かに悪くない。充実してんな、あの応接間。」


「普通に考えてすげえよな。ここは現界じゃねぇってのに。ちなみに、どんな味か教えてくれよ」


「オレンジ」


「そうか、俺はブラックコーヒーだった」


「へぇ。色々置いてあるんだね」


「ちなみに、雫は紅茶で霞はジンジャエールだった。そして、冷蔵庫の缶ジュースは皆同じパッケージだった」


「?どういうこと?」


「思い出せ。ここは〈世界の芽〉の中だ。現界化しているとはいえ、まだまだ幽界に属する世界だ。それとこれを見ろ」


 そう言うと、松浪は右手のナイフを見せる。これは、〈影〉を纏った時に松浪が使っているナイフそのものだ。そして、そのナイフを握る手には〈影〉がわずかに纏わりついている。


「理由は不明だが、さっきまで起きていなかった幽界特有の具現化現象が表れ始めた。このジュースがその証拠だ。みな自分が飲みたい味を無意識に缶ジュースで発言させた。加えて、纏えなかった〈影〉も、一部だがこうして作り出せるようになった。どうやらこの刑務所は現界化が不安定になっているみたいだ」


 俺も試しに冷気を操作してみる。わずかだか手のひらに冷気を感じる。


「えいっ」


 俺は手のひらに集めた冷気を、松浪に投げつける。


「おい、よせ。冷たいじゃないか」


「ほんとだ。〈折り紙〉の通信も回復し始めてるし、風向き変わってきてるな」


「まぁ、そういうことだ。警戒は怠るなよ」


「おうよ」


 正直、気を抜きたくても抜けないがな。慣れない状況で疲れきって注意散漫になりつつあるのは間違いないが。


「こちら長柄です。九十九さん、照会終わりましたので報告します」


 長柄からの返信。仕事が早いな。


「おう、報告頼む」

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