囚人服の少年 -23-

 吹き抜けの監獄から振り向くとそこには幅の広い通路が一直線にドアへと伸びている。そして、ドアの形から察するに、あれは俺達が刑務所への侵入を試みたドアで間違いないだろう。

 まるでアーケードと表現したほうがしっくりするほどとにかく広い通路だが、毎回この通路をあの囚人は突破を試みているわけか。御苦労な事で。


 俺は通路の高い天井を見上げながら通路をドアに向かって歩く。この通路も外観同様のデザインだ。現界のようなデザインはさっきの応接間と吹き抜けに通じる僅かな廊下だけにしか施されていないのか。

 ドアに辿り着く。ドアを押してみるがやはりビクとも動かない。感触としては壁を押している感覚だ。まるで壁にドアを象った装飾をしているだけのようだな。


 そういえば、俺達が霞を取り押さえてた時にはドアがひとりでに開いていた。自動で開閉する機構が何かあるかと思ったが、それも周辺には見当たらない。

 再び吹き抜けの監獄を見る。ドアが開いた時は建物の奥に朧げだが人影が見えた。それも一人だけ。記憶を照らし合わせると、謎が深まる。


 ドアからは明らかに吹き抜けの広間の監獄と、それを警備する人型を視認する事ができる。現時点でも、警備をしている人型や、松浪達、それに国宗の姿も確認できる。

 と、いうことはだ。囚人が俺達に攻撃してきた時は、国宗はおろか人型も近くにいなかったってことにならないか。それに、あの攻撃してきた人影は、刑務所の奥でじっとしたまま、逃げ出す素振りもなかった。すると国宗の話に矛盾が生じる。


 これは一体どういう事か。

 考えたところで余計に頭がこんがらがってしまう。ひとまず、皆がいる吹き抜けまで戻るか。

 そのとき、ズボンのポケットから蛙の〈折り紙〉がひょこっと顔を出す。そんな所に蛙は非難していたか。


「九十九さん、聞こえますか?九十九さん!」


 長柄の声だ。ところどころ掠れて聞こえるが通信ができる。


「長柄か。こちら九十九だ。話せて嬉しいぜ」


「そんな悠長な。皆さんの通信が途絶えてから何時間経ったと思ってるんですか!怪我はしていませんか?状況を教えて下さい」


「俺達は例の建造物の中だ。クランケと仲良くなりつつ、現在建物内を調査中だ」


「クランケと仲良くとは、どういう・・・。ともかく皆さんの安全確保が第一優先です。九十九さんは無事の様でなによりです。他のお二人とまだ通信が回復しませんが、ご無事ですか?」


 俺はちらと松浪達を見る。あいつらはまだ監獄の近くにいる。そして俺は外に一番近い場所にいる。ということは。


「二人とも、無事だ。俺だけ今建物の入口付近にいるから、どうやらこの場所だけ辛うじて通信できるみたいだな。〈影〉も纏えないし、想念の具現化現象も起きていないから、建物内はかなり現界に近いようだな」


「了解しました。こちらでは皆さんの反応が完全に消失しています。その建物に何らかの障壁が張られているか、もしくは何者かが意図的に閉鎖環境を作り出しているようですね」


「わかった、ありがとう。ともかく、今はこの建物からの脱出方法を探してみる・・・。ちょっとタンマ。また後で連絡する」


「あっちょっと待って下さい」


 長柄が喋り終わる前に踵を返し、皆の元に向かう。何かザワついている。急いで監獄へ戻ると、直立不動で背を向けている国宗青年がいた。


「どうした、何があった」


 俺に気づいた太刀川はシーッっと人差し指を唇に当てる。周りを見てみると、人型の動きも様子が違う。人型達は整然と並び国宗の脇に控えている。

 松浪達は遠巻きにその様子を観察している。

 国宗の視線の先には、別の人型達が立っていた。


「突然表れたのよ、あの人型。それも二体。下手に刺激しないように。いいわね」


 黙って頷き応える。

 確かに、他の人型達とは明らかに違う特徴を持った人型が二体、国宗の前にいる。

 一体はやけに恰幅のある人型だ。もう一体はやや背の高い人型だが、スタイルと良いスカートにヒールを履いてる事からも女の姿をした人型であることがわかる。更に驚くべきはこの二体の人型、国宗と会話をしている。他の人型は一切喋れなかったのに。


「帰ったぞ主任。私が不在の間何かトラブルはあったかね?」


「囚人がまた脱走を試みましたが、通常の手順に従って対応致しました。」


「そうか、ならば良い。引き続き職務を遂行しなさい」


「はい」


 どうやら国宗の上司に当たる人型らしい。国宗はやや緊張した様子だ。顔も強ばっている。


「この囚人を解き放つ事は決して許されない。我々はこの囚人をこの監獄に捕らえ続ける事で大義を果たすのだ」


 恰幅の良い人型は滔々と語りだす。


「この囚人は危険だ。分を弁えずに己の目的を果たすためならば、手段を問わない。やれ理想だの、夢だの、そんなものはさっさと棄てて日常に埋没し静かに暮らしていけばいいのだ。人間に理想も夢も必要ない。折り合いを付けていればいいのだ。約束の地なんて物は存在しない。」


 恰幅の良い人型は国宗の肩に手を置く。


「主任、君は我々の言う通りに、今まで通りに職務を全うしていればそれで良い。何も考えるな。考える必要は無い。それは私達の仕事だ。君はただひたすら愚直に仕事にこなせばよい。いいな」


「・・・はい、仰せのままに」


 随分と束縛する上司だな。部下を思いやってのつもりで言っているとしたら勘違いも甚だしい。自主性を奪うなんぞ愚の骨頂だ。だが、この上司が言う通りなら、この

「ところで、後ろの方々は?」


「この方達は・・・お客様です。囚人の脱走騒ぎに巻き込まれて・・・その・・・」


「あら、珍しいわね」


 女の人型はこちらを見る。

 皆に緊張が走る。霞が戦闘態勢を取ろうとして太刀川に窘められている。


「ごめんなさいね、なかなかお客さんが来る事が無い物でして、大したおもてなしもできませんが、ゆっくりしていって下さい」


 まるでお母さんの様な口ぶりだな。敵意も悪意も感じない。これではただの品のいいお母さんだ。


「それが良い。主任、しっかりとおもてなしするんだぞ」


「はい、了解致しました」


 呆気にとられる。

 てっきり排除されるかと思ったが、さっきからなんだ、このざる警備は。


「お姉さん、なんかあたしら歓迎されてませんでした?」


「そうね。まぁ下手にゴタつくより良いでしょ」


「それにしてもわけがわからないな。俺達はこの世界にとっちゃ異物のはずだ。どころか歓迎されてる節がある」


 皆唸って考え込む。

 創造者の想念が具現化された世界が〈世界の芽〉のはず。ならばその創造者の思考がこの世界に反映されているわけであって、それが、こうして刑務所という姿を取っている。

 見たままで言えば、囚人を捕らえておく事、押え付けるためにこの世界は在る。こんな世界を拵えてまで押え付けたい囚人とは一体何者だ。やはりここは囚人について調べたほうが良さそうだ。

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