囚人服の少年 -22- 監獄 -
「・・・僕も、正直よくわからないんです。気がついたらこの刑務所の中にいました。ただ、僕には“主任”の肩書きが宛てがわれ、この刑務所に収監されている囚人を監督する仕事を任されていることをなぜか気付いた時から知っていました。不思議と抵抗もなくその仕事をしてしまっていますが、でも、この囚人を外に出してはいけないという使命感も、何故か強く感じてしまうのです」
彼は宙を見つめながら答える。ハキハキと答えるが、それだけ異様に生気のない目が目立つ。まるでお面でも被ってるみたいに。
「その囚人と会う事はできるかな?」
松浪の質問に、青年は考え込んでいる。
「それは・・・、何故でしょうか。」
おや?そこは拒否するのか。さきほどの対応からすると予想外だが、抵抗を示すとは興味深い。
「先ほど話した通り、その囚人がこの〈
「・・・そうですね。協力するのはもちろん構いません。ただ僕は、なんだかあの囚人がとても恐ろしいのです。恐怖・・・ではなく、畏怖というか・・・。何がそう思わせるのかは分かりませんが。幸い、主任の肩書きがあるせいか、現場の仕事は全て
「囚人が恐ろしいのに、その囚人の制圧が仕事というのも妙な話だね。あの人型達は君の手伝いはしないのかい?」
「あの人型達は見た目の割に、囚人には無力のようです。みないつも蹴散らされています。だからいつも僕が対応せざるをえないというのもあります。変な話ですが、普段は囚人への怖れに苛まれていますが一旦事が起きると、逆に勇気が沸いてくるんです。使命感とでも言いましょうか、今まで感じた事の無いほどに」
体が僅かに震えている。淡々とした話し振りの割りに、彼の語気からは怖れとも武者震いともとれる雰囲気が感じられる。確かに、俺達を行動不能にさせたという囚人の攻撃はメチャクチャ効いたからな。あんなのを好き好んで相手したがる人間はいないだろうがな。
「ですが、何かの手がかりに繋がるのでしたら、ご協力します。ちょっと怖いですが」
「そうか、ありがとう。なら、善は急げ、だ。早速行動に移るとしよう三人ともいいな?」
松浪に促され、俺達は支度を始め、国宗と共に応接間を後にする。応接間から例の囚人のいる区画まではそう遠くないそうだ。
「そういえば、まだ皆さんにはこの刑務所の構造をお伝えしていなかったですね。ご説明します。この刑務所は、確かに囚人を収監しているのですが、例の囚人一人しかおりません」
「へ〜。それまた贅沢な話だね。外から見た感じ、この建物は相当なデカさだったが、貸し切りとは豪勢だな」
「全くですよ。檻を見てもらえればもっと驚くと思いますよ」
廊下をしばらく歩いた先には、吹き抜けの大広間があった。広さ的にはちょっとした体育館ほどの空間だ。奥の壁面から半円状に屋上まで伸びた檻がぐるっと置かれ、その周辺を人型が巡回している。不思議な事に、この大広間だけが刑務所の外観や外の風景のようにシンプルで作り物の様な色の抜けた世界になっている。
「これはまた大層な檻だな」
「ええ。どうやらこの刑務所はあの囚人のためだけにあるようです。」
そう言うと、国宗は檻の奥を指差す。
ボロ雑巾でもまだマシと思えるほどボロボロの上、血で汚れた囚人服を纏った少年が檻の奥で倒れている。痛みのせいか、小さい体を抱え込み、うつ伏せになりながら体がわなわなと震えている。
水と白のボーダーの服が、真っ赤だ。痛々しい。このご時世、あんなマンガや海外ドラマで見る様なデザインの囚人服を着させている刑務所なんぞあるのだろうかという疑問はさて置くとしても、右足に着けられた重し付きの枷を見ても、囚人としての待遇は劣悪であるのが伺える。
「あれが、囚人です。我々は、あの囚人が脱走しないように見張り、逃げ出そうとしたならば、それを防ぐのが僕の仕事なのです。」
「この檻、扉が無いようだが、何か理由があるのか?」
皆の注目が檻に注がれる。
確かに、囚人を捕らえるように檻は設置されているが、肝心の扉は見当たらない。あるのは、檻の扉の位置に赤い境界線が一本書いてあるだけだ。これではその気になれば逃げられるのではないのか。
警備の人型が出入り口の両脇に常に配置されているし、この部屋の中にも多勢の人型が巡回しているが、これはどうしたものか。
「それは僕にも謎です。閉じ込めておくのであればさっさと頑丈な扉をはめ固く閉ざせばそれでいいはずなのに、それができないのです。」
「それは、なぜ?」
「人型に檻の入口を封じろと命じてみても、まるでその命令だけは聞こえていないかのように振る舞います。全くもって謎です。」
「そうか、それは謎だな」
松浪と国宗の会話を聞きながら、俺は吹き抜けの広間を見上げる。頭の中ではのべつ幕無し、様々な考えが去来する。
〈世界の芽〉は、個人、もしくは複数の人物の想念の産物だ。そして、この世界の想像者たる人物は、国宗という青年なんだろうなと漠然と考えているがまだ確証に至らない。
目の前にボコされているが、もう一人いるわけだし、この囚人こそ創造者、という可能性もゼロではない。いずれにしろ、この世界の創造者の心の内はあまり幸せな物ではないだろうということは間違いない。
片や、看守。片や囚人。何を思ってこんな世界を作り出すだけの想念を産み出されたのか全く想像できない。
更に、隣では太刀川と霞の女子トークが花を咲かせている。
「どうしたの、霞。元気ないようね」
「うん・・・。なんか、あのボサ頭のお兄さんに彼女いたのが思いのほかショックだったみたいで。自分でもビックリだけど」
見れば、応接室にいた時より心無しか、やつれているように見える。
「いや〜、まぁちょっと考えてみればあんだけイケメンなお兄さんだったら彼女いても不思議じゃないんだけどさ〜。なんかショックで・・・」
「クランケも恋するのね。新発見だわ」
「あぁ、あたしも驚いたよ。魂ないはずなのに、こんな感情を感じるとはね」
随分と余裕な二人だこと。帰還の目処も立っていないのに、図太い神経している。でもまぁ、それだけの胆力がなければ〈纏〉も務まらないか。
俺はもう少し、辺りを見て回ってみよう。こういう時は、とりあえず動いて情報を集めたほうがいいだろう。
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