囚人服の少年 -21-

 ドアが開く音で、皆の目つきが一瞬で変わり、警戒態勢をとる。完全に気を抜いていた俺と霞は慌ててカップを机に置いてから身構える。


 情けない。こういう所に常日頃の心構えが表れるというものだ。咄嗟の反応ができなかったが、ドアから敵意や殺気は感じられない。ドアに注視していると、部屋に何かが入ってきた。制服を着た大柄の人型は、ゆうに二メートルは軽くこえている。おまけに顔が無い。霞はのっぺらぼうと言っていたが、まさにそれだな。顔の形はあれど、マネキンみたいに顔のパーツが全く無い。


「大変御待たせして申し訳ありません。僕がこの刑務所の現場指揮を担当しております国宗総太くにむね そうたと申します。」


 挨拶とともに大柄の人型の間から表れたのは人間だった。大柄の人型と同じ制服を着ているが、胸のマークや腕章を見る限り、どうやら人型達を従える立ち場にあるらしい。


「そう警戒しないで下さい。これでも我々はあなた方を保護したんですよ?」


 保護だと?どういうことだ。


「あなた方を攻撃したのは、当刑務所に収監している囚人です。先ほど彼が脱走を試み、刑務所の玄関口まで逃げ、扉を開けたはいいが、逃亡経路にあなた方を見つけて攻撃したようです」


 背丈も平均的な成人男性の身長だし、見かけは人間に見える青年は、淡々と説明を続ける。


「まずはあなた方を助けるべきでしたが、何分脱走した囚人は手強く、制圧するのに手こずってしまいました。我々の不手際でご迷惑をおかけして、本当に詫びのしようもございません」


 そう言うと青年は脱帽し、深々と頭を下げた。後ろに控える人型達も同じように脱防し頭を下げた。

 俺達は、警戒を保ったまま目を見合わせる。


「あなた方を 客人としてお迎えします。どうかゆっくりしていってください」


 敵意も殺気も何も感じられない、ただただ純粋な善意でこの国宗という青年は俺達をもて成そうとしてくれている。見る限り好青年であることはあきらか。ようやく、俺達も警戒を解きつつあった。


「この方達とゆっくりお話がしたいので、しばらく外してくれないか?」


 青年は人型に向き直り声をかけるが、無反応だ。

 溜め息をつく青年。一息ついて、声を張り、再び人型に声をかける。


「命令だ。退室してくれ」


 ようやく人型は反応し、速やかに退室した。


「ふぅ・・・。全く、息が詰まっちゃいますよね」


 国宗と名乗った青年は、どこか疲れを滲ませた笑顔をこちらに向ける。

 国宗は近くにあったイスを手繰り寄せ、腰を下ろす。霞はお茶を淹れ、青年に差し出す。この子気が利くね、ほんと。

 国宗青年は丁寧に礼をし、味わって茶を啜っている。


「みなさんは人間ですよね?一体どうやってこの世界に入ってきたんですか?」


 なんと答えればいいものか、思案する。案の定、皆答えに困り目を見合わせる。だが、この答えをはぐらかしたり、長い沈黙は友好的な態度を示している青年の不信感を容易く買うだろう。

 ならばいっそ、嘘偽り無く包み隠さず話すまで!


「俺達は“不思議探検隊”だ。不思議な事を探しちゃ首突っ込んで危ない目に遭うへんてこな集団だ。以後お見知りおきを」


 俺は真っすぐな目で青年を見つめる。どうかこの嘘偽りの無い眼に免じて信じて欲しいという願望とともに。だが青年は目を丸くし、固まったまま俺を凝視している。


「おい」 


 すかさず松浪の突っ込みが言葉とともに小脇に入る。ちょっと痛い。


「他に何と形容する、俺達の活動を」

「いや、そうじゃなくて、もう少し考えてから物を言え」


 冷静かつ的確な指摘どうもありがとう。だが、一度口にしてしまった物は取り消しようもない。

 太刀川は顔を手で押さえながら項垂れ、霞は笑いを堪えている。幸いな事に、国宗青年も顔が綻んでいたことだった。


「面白い事言いますね。いきなりそんなこと言われたら普通怪しいものですけど、嘘は・・・。嘘は・・・ついていませんね。なら、この不思議な世界の事、皆さんは何か知っているんですね」


 信じてくれた!正直、ノープランでそのまま頭に溢れた事を口にしただけなのだが、これはこれで良し。結果オーライだ。この結果に松浪は大層驚き、思わず聞き返す始末。


「今の説明で大丈夫だったのか?」

「僕の取り巻く状況は明らかに日常や常識からかけ離れてますから。なら、こういう不思議な現象や世界を調べる人達もいるのかなって思いまして。それに実際、藁をも掴みたい気持ちというのが正直なんです。こんなわけの分からない世界に突然迷い込んでしまって、実は結構僕もギリギリなんですよ」


 ひどく落ち着いた様子だ。言葉では本人は相当困っているようだが、そんな気を感じさせないほど落ち着いている。普通、これだけの訳の分からない状況に突然晒されれば発狂していてもおかしくないはずだが。


 彼を一目見た時から違和感を感じていたが、彼の目をみて気付いた事がある。それは綺麗な目をしているがまるで生気を感じられない。整った身なりと外見、声の調子に比べて、不自然な程生気のない目。こういう目の持ち主は、感情が死滅している場合が多いが、受け答えは問題なくできるし社会生活もトラブルなく送れるので、その本質的な問題に気付かれ難い。


 そのためか、目の前の現実に対し冷静かつ客観的に見る事はできるが、その後に起こるはずの何かしらの感情は沸かず、結果、目の前の現実をまるで他人事のように無抵抗に受け入れてしまう。


 これは、この〈世界せかい〉に入り込んだからなのか、それとも元々からなのか。だが、こうも本質的に無気力な人物であれば、この〈世界の芽〉の発生源がと彼いう可能性は少ないだろう。ならば、彼はこの現象に巻き込まれた被害者なのか。まだ判断するには情報が少なすぎる。


「国宗君と言ったね。まずは改めて俺達を助けてくれたことに感謝する。いきなりで悪いが、この場所や君のことについて教えてくれないかな?俺達なら君を元の世界に戻す事もできるかもしれない。協力してくれるかな?」


 松浪の言葉に、国宗青年は静かに首を縦に振る。

 俺達は、彼に説明をした。この〈世界の芽〉は想念をもとに作られていること。そしてその想念は特定の人物か複数の人間の想念が寄り集まってできること。従って、この世界から脱出する手がかりは〈世界の芽〉の創造者であること。


 とはいえ、俺達も〈世界の芽〉について調べる為に探索に出たわけだから確たる事は何も言えないわけだが、彼からの信頼を得る為に狡いが上手い事要所要所ではぐらかす。


 案の定、彼は体して疑いもせず淡々と俺達の話を聞き入れ、協力することを約束してくれた。

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