囚人服の少年 -18-

 探索初回で第三段階との戦闘までやるとは思わなかったが、致し方ない。が、検体として捕獲なんて出来るのだろうか。敵の能力も未知数。ここは慎重に行くのが定石だろう。定石だと思うのだが、目の前では太刀川が女に向かって猛攻をかけている。

 さらにそこへ、松浪も参加し、猛攻はさらに激しさを増す。


「おい!敵の情報も無いのに突っ込んで平気なのかよ!」


 第三段階は個体特有の能力を身につけるという。それが分からぬまま無策で接近戦を行う事はあまりにも無謀ではないのか。思わず声を張り上げ制止しようとしたが、二人は耳を貸さず更に苛烈な攻撃を加えている。


「能力は、使う暇も与えぬ程に攻め込めば問題ない!」

「そうだ!使われたとしても切り伏せればいいだけの事!ってか支援しろ、この唐変木!」


 もうやだ、この二人。それじゃぁ只の脳筋じゃないか。


 だが、確かに苛烈極まる猛攻は敵の動きを封じているようだ。女は太刀川の鋭い太刀筋と松浪の的確なナイフによる攻撃を巧みに躱し、弾き、見事に凌いでいる。


 その身体能力たるや、第二段階なんぞ足下に及ばない事は明白。足運びや身のこなしは素人丸出しの動きだが、それを補ってあまりある身体能力で二人掛かりの攻撃を凌いでいる。刃物が通らないのは、瞬時に防御個所や受ける部位を天恵でコーティングすることで攻撃を防いでいるようだ。そんな芸当は太刀川も松浪にも無理だ。やはり、第三段階はレベルが違うということか。


 だが、松浪達もたいしたもんだ。第三段階相手に一歩も怯まず、常に挟み込むように二人で連携して動き、女が有利に動けぬよう挟撃に徹している。女もどうにか二人からの挟撃から逃れるためにフェイントをいれたり緩急織り交ぜた動きで翻弄しようとするが、松浪達はそれに掛からず、じわじわと動きを封じていく。


 遂に、女が回避に窮した瞬間を狙い、二人が同時に攻撃する。女は咄嗟に天恵で身を固め防御に徹し、動きが一瞬止まった。


「今だ!」

「応!」


 俺も女が動きを止めた瞬間を狙い、女の足から氷結させる。出来るだけ、厚く、固く。連戦で威力が下がっているようだが、下半身から右半身にかけて氷結させることができたんだから上出来だろう。


 女は、あぁ、と呻きながら明らかに狼狽し、顔が青ざめていくのが見て取れる。辛うじて氷付けになっていない左手を振り回し、もがいているがもはや無駄な足掻きだ。


「よし、動きは封じたな。良くやった、惣介」


 俺は親指を立て渾身のドヤ顔をする。影で見えてないけれど。


「それで、これからどうする?動きを封じたはいいが、どうやって、霽月邸に持ち帰る?」


「普通に地面にかかった氷を砕けば地面から剥がせるし、鳥居まで幸い起伏が無い土地だから、冷気を操ってアイスバーンを繋げていけば簡単に押していけるんじゃないか?」


 二人から、おーっと感嘆の声が漏れる。


「やるな、御主」


 太刀川に褒められると、なんだかとても不思議でむず痒い気分になるな。こいつは俺の事嫌っているはずだが、結果に対しては私情を挟まないな。信賞必罰ってやつか。


「ともかく、探索は一旦ここで切り上げて撤収で良いよな。荷物抱えながらこれ以上動くのは大変だろ」


「あぁ。今霽月邸からも撤収の指示が出た。支度を始めよう」


 なおも女はもがいている。必死の形相。それもそうか、何をされるかなんて分かったもんじゃないしな。俺も知らないし。


「おい、落ち着けよ。別に取って食うわけでもなし」


「うるせぇ、誰が境界なんて行くか!第一、花姫がいるじゃねぇか!あんな怖い女のとこに行くなんざゴメンだよ!」


 女は、ガンガンと氷を叩き割ろうとするが、氷は欠ける兆しすらない。


「悪いが、俺の氷はそう簡単に割れねぇって。とりあえず、これから運ぶんだから、じっとしててくれよ」

「ぐっ・・・、こうなったら・・・」


 女は自分のガスマスクを外し、大口を開く。


 女の口から大量の緑のガスが勢い良く吐き出され、周囲が緑のガスで包まれ、視界が閉ざされた。

 視界が途切れる瞬間、女が氷にもガスをかけ、溶かしているのが見えた。このままでは逃げられる。


「やべっ、コレがこいつの能力か!」


 視界を遮る能力、ではないなコレ。緑色の毒々しいガスだ。おまけに、氷を溶かすとこをみると、溶解能力もあるな。だが、そんな危険極まりないガスに包まれているのに体は何ともない。


 それもそうか、俺達は今〈影〉を纏っていることで、外界から隔絶されている状態にある。いわんや、ガスをいくら撒かれようが、生身が幽界に曝露しない限り影響は無いということだ。


「皆さん、大丈夫ですか!?」


 長柄からの通信だ。


「大丈夫だ。だがガスのせいで女を見失った。そちらで位置を把握できるか?」

「それが、先ほどのガスでモニタリング用の〈折り紙〉の多数が行動不能、もしくは溶解し、今残った〈折り紙〉で捜索中です」

「俺に任せろ。これでも勘は良いほうなんでな」


 松浪はそう言うと、ガスの中へ消えていった。


「九十九、ひとまず警戒態勢を維持しつつ、待機。ここは松浪に任せろ」

「おっ、おう・・・」


 確かにあいつは、ガスマスクの〈影〉を纏ってるわけだし、なおのこと大丈夫なんだろうな。

 しばしの間があり、ガスッという鈍い音と悲鳴が響いた。


「いったーい!」


 悲鳴とともにガスが晴れていく。

 すると、正面には頭を抱え尻餅ついている女と、手刀を振り下ろした松浪の姿が見えた。


「なんで私の毒が効かないんだよ!毒どころか強酸の性質も混ぜた超凶悪なガスを撒いたのに!」

「君は実に馬鹿だなぁ」

「はぁ?!」


 女は恨めしそうに松浪を見上げている。涙目じゃないか。相当痛かったんだろうな。


「俺達は幽界に曝露しないよう〈影〉を纏った〈纏〉だ。状態異常を引き起こす攻撃は効かない。一つ、賢くなったな。だが、その知識を使う機会はもうないがな」


 女はハッと何かに気付いた表情だ。意外とお馬鹿さんなのかな、この女は。

 おもむろに松浪は女を後ろ手に組敷き、完全に制圧した。


「惣介、頼む」

「おっ、応・・・」


 女はブツブツ言いながら放心している。

 ということは、先ほどの攻撃はよほど自信があったのだろう。ショックだったのだろうな。なんだか可哀想だが、俺は松浪が抑えている女の腕を、せめて冷たくないようにと布を一枚まいたうえで氷結させた。


「これで、捕獲完了っと。やったわね、二人とも。それにしても、相変わらずの勘の冴えだったわね」

「まぁ、それも俺の能力の一つだからな」

「畜生・・・、なんでこんなことに・・・」


 遂に女はシクシクと泣き出した。


「おい、これどうすんだよ。泣き出しちまったぞ」

「知らないわよ、放っておきなさい。それより運搬の準備を急いで。流石に疲弊したから、早めに撤退しましょう」


 太刀川には慈悲というものが無いのだろうか。まぁ、人の姿で言葉も話せば意志も通じるが、この女、もとい第三段階のクランケは決して人間ではない。ならば人間扱いする必要も無いのだろうが、どう見ても俺には風変わりな人間にしか見えない。人の姿で、言葉も話せば意志も通じるのだから。


 なぜか、この女を見ていると人間とは何かという哲学的な問いを突きつけられている気がするのだが、早いとこ運搬作業に取りかからないと鋭い殺気を放つ太刀川の視線が怖いので、後で考える事にしよう。


 ガコン・・・。


 何かが外れる大きな音。

 俺達は思わず音がした方を見る。

 ドアだ。建物のドアがひとりでに開き始めている。

俺達は静かに開いていくドアを凝視し、動けずにいた。あれだけやって開かなかったドアがひとりでに開くとは。


「・・・!」

「何かいるぞ!」


 身構える。ドアの奥。あまりに遠く、僅かに逆光でぼんやりとしか見えないが、影が見える。

 人型の影が見える。

 直後、全身に悪寒が走る。


「逃げて!」


 太刀川の絶叫。

 瞬時に松浪が女に覆い被さり、俺はさらに前へ出る。

 今までに感じた事の無い圧を纏い車程はあろうかという大きさの光の弾が、凄まじい勢いでこちらに向かって飛んでくる。


 全力であらん限りの硬度を持たせた氷壁の盾を作り光の弾を防ごうとしたが、衝突の衝撃で盾は砕け散り、なおも飛んできた光の弾を受けた俺は、その勢いで受け身すら取る事も出来ず宙に弾き飛ばされた。


 畜生、なんて威力だ、息が出来ない。盾を斜に構えたから力を逃がせたが、それでもこれだけの威力。

 なおも人型からは光の弾が飛んでくる。しかも今度は複数。

 太刀川は俺を引きずり、松浪も女を抱え、なんとか光の弾の軌道から逃れようとするが、光の弾は軌道を変え、二人に向かって飛んでいく。


 危ないと声を上げる事すら出来ず、光の弾は二人に着弾し、炸裂した。

 吹き飛ばされる三人。俺はダメージで動く事すら叶わず、ただうめき声を上げる三人を見る事しか出来なかった。


 激痛が走る中、次第に意識が遠のいていく。

 駄目だ、いまここで気を失ったら、あいつらを守れない・・・。

 また・・・。

 また、“あの時”のように・・・。

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