囚人服の少年 -17-

 門扉の前に俺達は移動し、早速建造物への侵入を試みる。建造物を見上げる。色もなければ生気もない建物。これだけの騒動があっても何も反応が無いのも不気味だ。

 何らかのトラップがあるかもしれないという事で、防御力の高い俺が問答無用で門を開ける事に決まったのはなんだか頭に来るが、確かに防御力の低い二人に開けさせるよりかは合理的だろう。

 ということで、嫌々ながらも慎重に門に手をかけ、少しずつ開けていく。


「ちょっと、へっぴり腰になってるじゃない。もう少し腰入れて開けなさいよ」

「雫、それは流石に可哀想」


 安全圏で好き放題言いやがるこいつらは、後でとっちめてやる!

 だが、確かに太刀川の言う通り、ビクビク開けるよりかは一思いにやったほうがいいかもしれない。トラップに引っかかった時においしい、もとい、一思いに行けるからな。ここは心を決めてやってやる。

 激しくなる動悸と荒い呼吸を根性でねじ伏せ、全身に力を込めて門を押開く。


「おうりゃぁ!」


 門を勢いよく開けたはいいが、勢い余って門の先までもみくちゃになりながら転んでしまった。転んだ事を誤摩化すため、そして恥ずかし紛れに、すぐに起き上がり、周囲を警戒する。


「いっ、異常ないかー!?」


 静まり返っている世界がさらに静かになった気がした。


「異常なし、だ。ありがとな、惣介。そんなにビビっちまって・・・無理矢理やらせて悪かったなぁ」


 松浪君、肩を振るわせながら労うんじゃない。


「・・・そうよ、いつだって平静を保ちな・・・プッ」


 太刀川、お前も笑うか。


「お前ら後で覚えとけよ。今晩の夕食に嫌いな物大盛りで出してやる」


 絶対だ、絶対にだ!

 無事戦闘を終えた後とはいえ、気が緩んでないか、このお二人さんは。俺は建物に振り返り周囲を観察する。門を抜けた先は何も無い。


 やたら真四角で装飾など一切ない豆腐の様な建物だ。正面に玄関らしき両開きのドアがある。見た目の割に大きく感じるな。近づいてみると、ドアというより門と言ったほうがしっくりくるドアだ。


「こちら松浪、建造物の入口と思しきドアに到着した」

「こちら長柄です。状況の詳しい報告をお願いします」

「入口は固く閉ざされてる。惣介が必死に開けようとしてるがびくともしない。まるで溶接してあるみたいだ」


 そう、俺が今まさに死に物狂いで開けようとしているが、全く動かない。

 押しても駄目、引いても駄目。まさかの引き戸かと戸を引いても駄目、ならばシャッター式かと持ち上げても駄目。やたらと疲れる上に、太刀川からはふざけるな

と後ろ頭を小突かれるし、なんだか散々な気分だ。


「畜生、びくともしねぇ。これ本当にドアか?ダミーって線はないか?」

「可能性はあるな。よし、全員で周囲に別の入口がないか調べるぞ」


 皆、移動を始める。俺も疲れた腕をブラブラと降りながら後ろに続く。その時だ、突然首をガッシリと掴まれた。


「面白いね〜お兄さん。さっきは私も笑っちゃったよ」


 松浪と太刀川が戦闘態勢をとりながら、こちらへ素早く振り返る。


「おっと、待ちな。このお兄さんの首へし折ってもいいのかい?」


 その声に、松浪達はピタッと動きを止める。俺の首にはガッチリと腕がかけられ、いわゆる首を決まられた状態になっている。これは俺も下手に動くとまずいことになりそうだ。


「分かってくれて嬉しいよ。お兄さん。大人しくしててね〜。首を折るのは趣味じゃないからさ」


 好きな殺し方でもあんのかよ。

 ちらと横目で見たが、こいつはまんま人間の姿をしている。しかも女の姿だ。金髪で目の瞳もエメラルドの色をしている。服もショートパンツにパーカーとラフな格好だが、すらりと伸びた手足に、抜群のプロモーションはまさに理想的なモデル体型ってやつだな。そのくせ、腕の力はかなり強いようだ。首にかかる女の腕の筋肉は今までに体験した事の無い固さだ。


 それよりなにより、目を引くのはこの女がガスマスクをしていることだ。おまけに、松浪と似た様な構造とデザインをしたガスマスクをつけている。

 どうする、松浪。クランケとキャラが被ってるぞ。


「松、このクランケあんたとキャラ被ってるわよ。斬るか?」


 おい、待て。そんな理由で斬ろうとするな。ってか人質の俺も一緒に斬るつもりか。


「待て。まずはこいつの情報を収集したい」


 松浪まで、俺の事は眼中に無しか!


「あっはっは!お兄さん可哀想だね〜。人質として見られてないよコレ」


 女は爆笑しながら顔を寄せてくる。

 あっ・・・、なんかいい香りがする・・・。

 ・・・そんなことより、こいつはおそらくさっき逃がしたクランケの一体のようだが、よりによって逃したのが第三段階だったとは参ったな。松浪達は容赦ない殺気をこちらに飛ばしているが、対抗できる術は果たしてあるのか。第三段階との戦闘はこの二人でも経験は無いと言っていたが。


「お前の目的は何だ。人質を取る所を見るに、俺達の殺傷が目的ではないようだが」

「まぁね。私はただ散歩ついでに珍しい〈芽〉が幽界に現れたから、様子を見に来た

だけだよ。まっ、アイツに頼まれたってのもあるけどね。万が一〈余所者〉が入ってきたらと思ってくランケをけしかけてみたはいいが、あっという間に全部やられちゃってさ。一旦退いて体勢立て直そうと思ったけど、あんたら、桔梗の人間だろ?だから、仲間を呼びに戻るのは辞めて、こうして話しかけたってわけ。あっ、人質は取ったのは保険ね。私もクランケってだけでいきなり殺られるのはご免だからさ。だから、お兄さん勘弁ね」


 気になる単語が一杯出てきたぞ。

 アイツに頼まれた?余所者?仲間?これは絶好の情報収集のチャンスじゃないか。松浪達もそれを理解して質問を考えているようだ。俺のヘルメットに張り付いている〈折り紙〉の蛙も、じっと動かぬまま耳を澄ませ、目を見張り、あらゆる情報を集め霽月邸に随時送っている。


「とても興味深い話だ。アイツってのは誰のことだ。そのお仲間達の話がもっと聞きたいものだな。良ければもう少し落ち着いた場所を設けて話すのはどうだ?」


 松浪が提案を持ちかける。

 女は、悪くないねぇと応えるが、慎重に考えている。そりゃ初見の未知の相手に馬鹿なことは流石にしないか。


 だが、俺は女の様子がおかしい事に気付いた。空いている手をアゴに当て考え込んでいるが、その手が僅かに震えている。


「でもねぇ、困った事があるんだなぁ。これが」

「なんだ?言ってみろ」

「あんた達の戦いを見てさ。なんというのかな〜。疼くって言うのか?衝動に駆られちゃったんだよね〜」


 空気が緊張していくのが分かる。女は殺気こそ出してはいないが、昂っているのが伝わってくる。それに呼応するように手の震えも大きくなっていった。


「私らエフィラは、プラヌラやストロビラみたいな人間への極端な攻撃性はない筈なんだ。けどあの戦いを見たらさ、どうにも抑えられない衝動が出てきちゃった。」


 女の昂りが静かに増していく。荒くなる呼吸、上気した顔は赤く、艶かしく淫らさを感じさせる。ある意味、性的な興奮にも似た姿に俺は背筋が冷えてきた。


「人間と戦いたい・・・。理屈じゃない、腹の底からなぜか、そう思っちまうんだ!」


 物凄い力で振り回されながら俺は松浪に向かって投げられた。

 太刀川は投げられた俺を華麗に避けつつ女に切り掛かる。松浪は俺を受けとめてくれたが、まるでボールでもキャッチするように片手で受けとめられポイッと傍に放られた。


「痛い!酷い!」

「ぼやくな。戦闘態勢を取れ。長柄、聞いていたな。俺達は第三段階のクランケを迎撃する。いいな?」

「こちら、長柄。お市様から、第三段階のクランケを検体として捕獲するよう命令が出ました。それが叶わないなら討伐せよとのことです」

「了解した。善処する」


 すでに女と太刀川は戦闘を始めている。


「加勢するぞ!惣介サポート頼む」

「了解!」

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