囚人服の少年 -16-
何故だか今は、頭も心も酷く落ち着いて冷静だ。
頭が冷えてきたのか、いや、冷めてきているのだ。思考が、感覚が。
戦闘が進むほど、頭も心も冷え冷えとしてくる。その分、思考も感覚も研ぎすまされていく不思議な感覚。
クランケが再び攻撃を加えてくる。
俺はクランケの足運びを観察し、接地する場所とタイミングを計り、その地点を氷結させる。
突然、足が取られ、ガクンと姿勢を崩し、地面に倒れるクランケ。自分の足を見て、氷結し身動きを取れない事を悟ったクランケは即座に氷結した足を切断し、残った足で跳躍し再びこちらに飛びかかってくる。切断した足はもう回復をはじめている。驚異的な回復力だ。
冷静に観察しつつ、飛びかかってくるクランケを捉えにかかる。ほぼ人間の形をしているクランケを空中で掴み取るのは難しいので、両手の指全てに鋭い爪の形をした氷を着け、クランケを指で突き刺しながら力任せに掴む。
そのまま飛んできた流れのままに地面に叩き付け、身動き取れないよう地面と一緒に氷結させる。
蛙から長柄の奇声が聞こえる。お前はプロレスを観戦している女子か。
「やりました!これで動きは封じました。はやく止めを!」
「そうは言っても、俺には止め刺せる様な武器は持ってないぞ」
「あっ・・・。」
大丈夫か、この長柄って子は。俺達の能力位ちゃんと把握しておけよ。
「なぁ、長柄さんよ。俺の〈影〉の能力は知ってるっけ?」
「えっ?あー・・・、冷気を操る能力と、桔梗界随一の防御力が九十九さんの〈影〉の能力ですよね。何かいい手があるのですか?」
本当はそういうのを教示して戦闘をサポートするのがオペレータの仕事では無いだろうかと思うが、今は黙っておこう。
「まぁ、ここまでの白兵戦は初だ。ひとつやってみたいことがある。馬鹿みたいに高い〈影〉の防御力の源泉である俺の天恵を冷気の能力にも流すとするよな」
「はい」
「するとこの桔梗界随一の硬度を誇る氷が出来上がるわけだ。その氷を纏った拳で殴ったら、有効打になりそうじゃね?」
「確かに・・・。それは妙案です」
クランケはなおも氷から逃れようともがいている。
俺は頭部に狙いを定め、氷結させた拳で渾身の力を込めて打つ。
クランケの絶叫。第二段階は痛みを感じるのか?続けて二打目。またしてもクランケの絶叫。効果はあるようだが、決定打にはならないのか。ならば、クランケが霧散するまで殴り続けるだけだ。
響く打撃音とクランケの絶叫、徐々に叫びが弱くなる事から確実にダメージを与えられている事は確認できる。
「・・・九十九さん」
「なんだい、長江ちゃん」
答えている間も攻撃は続行する。
「・・・なんだか、気持ち悪いです」
「そうか、じゃぁ、終わるまで通信切ったらいいぞ」
「いえ、そういうわけには・・・」
遂に、クランケの絶叫は途絶えた。反応も僅かに体が痙攣するだけだが、それも次第に動きがなくなり、ついに沈黙した。
クランケが霧散する。さっきの雪玉攻撃の時は簡単に霧散したのに、第二段階は比べ物にならない程防御力が高いと見える。
「長柄ちゃん、戦闘終了だ」
ん?応答が無い。
「こちら銚子です。長柄はお手洗いに籠っています。戻るまで私がオペを代行します」
言わんこっちゃない。だが確かに、あれは女の子が見る様なもんじゃないな。俺だって見たくはない。というか、見たくないどころか凄惨な現場を作ってた張本人は俺のわけだが。
だが、ここまでの白兵戦はこれが初めてのはず。にもかかわらず、あれだけ惨たらしい事をしていて、ここまで平然としていられる物なのか。己が正気かどうかすら危うい。
ところで、二人はどうなった?
「銚子さん、松浪と太刀川は無事か」
「先ほど、戦闘終了の報告がありました。六時方向をご覧下さい。九十九さんの所に向け移動中らしいですよ」
銚子に促され。後ろを見る。松浪達だ。舞広がる雪煙と共にクランケの霧散も見える。どうやら、二人も残りのクランケを仕留めたようだ。
「よぉ、大丈夫かよ」
「当然だ。そういうお前はボロボロだな。」
「なぁに、問題ないさ。それよか第二段階の初討伐だ。褒めろ」
松浪は爽やかに笑う。余裕綽々の態度。
「褒めろよ、太刀川」
「・・・っち」
マジかよ。メッチャ舌打ちされた。素直に褒めて欲しかっただけなのに。
「あぁ・・・、まぁいいや。ところで、そっちは四体相手にしたはずだろ。仲良く半分ずつ討伐?」
「いや、一体逃した。例のすばしっこい奴だ。出来れば正体を確認してかったが、仕方ない」
「深追いは禁物よ。今回は久々の幽界探索。あれだけの数のクランケ、しかも第二段階も複数居た不利な状況でも私達は戦える事が証明された。ハゲも使える事が分かった。これだけでも大きな収穫よ。」
ハゲ言うなし。ともかく、ハゲを除いて太刀川の意見に賛成だ。二人にとってもこの少人数での本格的な探索は不安要素が大きかったはずだ。いつか来る有事のために日頃から訓練していたお陰でもあるが、その努力が報われた瞬間でもあるわけだ。太刀川から感じる静かな高揚感はそれが理由だろう。
「さて、一息入れたら建造物の調査を開始する。気を引き締めなおしていくぞ」
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