囚人服の少年 -15-

 まだクランケは先ほどの雪玉攻撃で統率を失ったままだ。

 奇貨置くべし。


 一気呵成に包囲の弱い箇所に向かい突撃を敢行。前衛は松浪と太刀川が敵を蹴散らしながら活路を開く、俺は後衛で二人のサポートをしつつ後ろに続く。

 太刀川と松浪は、近接戦闘が得意なだけあって、あれよあれよとクランケを確実に仕留めていく。


 容赦のない剣戟を振るう太刀川。首を刎ね、敵を組み伏せ刃を突き立てる。間合いが縮まれば敵を蹴り、ひるんだ隙に間髪入れず切り伏せる。敵を倒すためになんでもありの戦い方は、まさに合戦場の武士だ。


 一方、松浪は苛烈極まる太刀川の戦い方とは対象に、非常にスマートな戦い方だ。器用に敵の攻撃を避け、捌き、懐に入り込んだところをナイフで確実に仕留めていく。動きに無駄が無い。


 クランケが霧散し、未だ雪煙が舞う戦場を駆けながら、女らしさなど微塵も感じられない鬼の様な太刀川と、戦闘の最中であっても冷静極まる戦いを淡々とこなす松浪に、今更ながら俺は戦慄した。


 実力が違い過ぎる。


 俺も二人が一対一の戦闘に持ち込めるよう、雪の壁を作り出し攪乱しているが、そんなことをせずとも、二人だけでも殲滅してしまいそうな勢いだ。この並外れた攻撃力や機動力も〈影〉の力によるものだが、とはいえ尋常ならざるこの力は桁違いだ。

 殲滅しつつ包囲の突破は成功した。


「討伐、八体!松浪は?!」

「五だ。すると、残敵は?惣介」

「えーっと、二十三体から五と八と五を引いてっと・・・、残り五体!第二段階は仕留めたか?」

「いや、まだよ。それに姿が見えない」

「俺もまだ仕留めていない。奴ら第一段階を捨て駒にして体勢を立て直したな。来るぞ」


 雪煙の中から鋭い攻撃。

 縮めた腕をこちらに伸び飛ばしてきた。数からして四体の同時攻撃。第2段階の攻撃だ。速い。


 瞬時に天恵を練り、雪壁を造るが、何本か腕が貫通し、攻撃が太刀川の腕を翳め、俺は直撃を受けた。

 凄まじい衝撃。もみくちゃにされながらはるか後方へ飛ばされ、刑務所の塀へ受け身を取る間もなく衝突した。


「九十九さん!大丈夫ですか!?」


 蛙から長柄の声が聞こえる。


「・・・大丈夫だ。吹っ飛ばされて目が回っているが、まだ戦える」


 盾役の面目躍如といったところか。俺の〈影〉は防御力だけは並外れて高いのが幸いしたな。あれだけの攻撃を受けて目を回すだけとは。

 だが、いつまでも目を回しているわけにはいかない。


 「九十九さん!敵が来ます!第二段階!」


 ハッと我に返り前方に視線を送る。

 一体のクランケが槍のようにこちらに向かって飛翔している。横に飛び、寸でのところで攻撃を躱す。


 凄まじい衝撃音。


 第二段階のクランケが一体、自分の体を槍のように捩り、こちらに向け飛んできたらしい。


「惣介、すまん。一体そっちへ行っちまった。俺達は他の第二段階の相手で釘付けにされてる。さっさと倒して向かうから、それまで持ちこたえろ!」


 松浪からの通信。向こうも手一杯か。これは少々、厄介だ。いきなりタイマンかよ。それも第二段階と。


 目の前のクランケが体の捩れを解きながら、塀に刺さった体を抜いている。


「了解だ。こっちはなんとかする。お前らは目の前の敵に専念してくれ」

「無茶はするなよ。やつら妙に手慣れた動きをしている。警戒しろ」

「おう、サンキューな」


 仕方ねぇ、ここは腹決めてかかるしか無い。大きく深呼吸し構えを取る。

 目の前のクランケも体の捩れを戻しながら、こちらに向き直る。


 改めて第二段階のクランケの姿を観ると、ほぼ人間の姿を象った造形をしている。俺より一回りは大きい図体。体も第一段階みたいなぶよぶよした体ではなく、どこか筋肉質なように見える。そして、大きな目が一つ、歪に頭部に張り付き、大きく裂けた口からは歯が覗き見え、長い舌が垂れている。


「九十九さん、例え相手が第二段階でも、落ち着いて対処すれば十分勝機はあります。目の前のクランケに集中してください」

「了解だ」


 じりじりと間合いを詰めてくる。第一段階のように闇雲に攻撃をしてこない。頭が回る分、厄介ってことか。


 俺は構えたまま敵に正対し、機を伺う。


 俺の〈影〉は防御力は並外れて高い。単純な攻撃力で言えば、桔梗界のツートップを張る翁と宇上さんにこれは硬いと言わしめる程には防御力が高い。だが、立浪や太刀川のように効果的な武器は持っていないのが俺の〈影〉だ。二人とも〈影〉の力で武器を具現化しているが、俺にはそれが出来ない。この馬鹿みたいな防御力を活かして盾役を引き受けるか、さっきみたいに冷気を操って攻撃するしか、使えそうな攻撃能力は無い。


 クランケは一足でこちらの間合いに踏み込む。地面が抉れる程の凄まじい踏み込み。接近戦は不利だ。そう判断し、俺は間合いを取り、雪の壁を作り突進を防ぐ。だが、クランケは目の前に雪壁が作られても、瞬時に身を躱し、更に勢いをつけこちらに突進してくる。


 結局、俺は組み付かれ力任せに押し倒される。

 顔面を狙った力任せの打撃を寸でのところで避けつつ、クランケの土手っ腹に蹴りを加え、怯んだところを力任せに巴投げでぶん投げる。


 だが投げられたクランケは器用に受け身を取り、即座にまた攻撃を加えてくる。間合いを取る隙を与えてはくれないようだ。

 激しい打撃の応酬。ケンカ殴りで戦い方なんぞ微塵も知らぬ存ぜぬの激しい殴打の嵐。しかも、一撃の重さがどれも重い。まるでハンマーで殴られているようだ。


 対して、俺は格闘の訓練は受けているが、こうも力任せでこられると攻撃を捌くにも骨が折れる。持ち前の体力と腕力で物を言わせるクランケに対し、押されてしまっている。


 このままではまずい。押し込まれる。どうする。

 一瞬の逡巡で出来た隙に強烈な突きが腹を直撃した。

〈影〉が無ければ胴が断たれていたのではと悟る衝撃。呼吸がうまくできん。

 この、野郎が。

勢い任せにこちらも顔面狙って打つが、サッと後ろに避けられ、空振りに終わった。


「九十九さん、落ち着いて下さい!怒りに任せたところで、不利な状況は変わりません!どうにか距離をとってください!」


 通信が入っても答える余裕が無い。それに、奴の間合いから逃れようとしても、その分クランケはすぐさま間合いを詰め、逃がしてくれない。


 クランケの口元が緩んでいるのが見える。コイツ、嗤ってやがる。嗤いながら戦ってやがる。それも随分と楽しそうに。ケタケタと声を出し嗤っている。神経を逆撫でする下卑た嗤いだ。不愉快極まりない。


「九十九さん、駄目ですよ!敵の挑発に乗らず冷静になって行動して下さい!」


 長柄の悲鳴に似た通信を余所に、実は俺は酷く冷静になっている自分を感じていた。殴り合いでだいぶ体が暖まったはずだし、戦闘で激しく昂っているはずなのに。

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