囚人服の少年 -14-

 轟音。それも複数。

 刹那、何体ものクランケがクジラが水上へ飛び出すが如く、地面から飛び出てきた。まさか足下から出てくるとは意表を突かれた。

 おまけに、足下にいたクランケが物凄い勢いで飛び出してきたために、俺も直上へ打ち上げられてしまった。

「クランケ出現!地面から這い出てくるぞ!」

 俺の大声が届く間もなく、松浪と太刀川は即座に戦闘態勢を取っている。流石、判断が早い。

 クランケは続々と地面から這い出てきている。

 敵の総数は?

 出現範囲は?

 松浪と太刀川との距離は?

 敵との間合いは?

 俺は空へと打ち上げられていたが、その間も必死に周囲を見渡し、情報を集める。同時に次に取るべき行動を考える。

 空中で集めた情報を瞬時に整理してみるが、どう考えても状況は芳しくない。というか、非常にまずい。

 出現したクランケは軽く二十体以上は視界に入った。形状からして殆どが第一段階。しかし、何体かヒト型の個体も見えた。これは第二段階も数体紛れ込んでいるようだ。しかも俺達を中心とした半径五十メートル内に密集して現れやがった。

 畜生、一度にこの数のクランケを相手にした経験はない。

 地上では松浪と太刀川は既に武器を構え迎撃の構え。クランケも自らの腕を縮ませ二人に狙いを定めている。あれは奴らお得意の攻撃方法だ。伸縮自在の腕を触手のように操り、鞭のように打つ、あるいは槍の様に突き刺すなどの攻撃をしてくる。

 一斉に攻撃し同時に二人を仕留める腹積りか。流石の二人でも一対一ならまだしも、これだけの数のクランケから一斉に攻撃を受ければひとたまりもないだろう。

 とにかくまずは、攻撃を防ぎ、敵との距離を離さなければ。

 俺は拳に力を込め、 あらん限りの大声を出す。

「二人とも跳べ!」

 松浪と太刀川は俺の声を聞くと同時に、俺の拳を確認した。二人は俺の意図に気付いてくれたようだ。瞬時に直上に飛び上がる。

 地上ではクランケが宙に跳んだ二人に狙いを定め、腕がギリギリと伸縮している。攻撃まであと僅か。

 俺は拳に込めた自らの天恵を地上に向けて放つ。

 地上にぶつけた天恵は車程の雪玉に姿を変え、四方八方に飛散し、クランケを蹴散らした。どうにか僅差で俺のほうが先に仕掛けられたようだ。

 効果は上々。5、6体のクランケが霧散しているのが見える。

 なんせ、俺の〈影〉の能力は冷気を自在に操れるが、さっきの雪玉には実は硝子状の氷塊も混ぜ込んでおいた俺特性の雪玉だ。爆ぜれば周囲に手榴弾同様の効果を発揮する。ちゃんと天恵を上手い事利用し、爆ぜる方向も俺達がいる空中には跳ばず、水平方向のみ飛び散るように工夫してあるから、味方への損害も無しだ。これは自分を褒めておこう。

 ところでクランケの弱点だが、そもそも幽界起源の生命とも現象とも呼べる存在のクランケは、人間から発生した何らかの思念、想念の凝集体であり、故に歪であるが人の姿を象るが、実は明確な弱点や急所といった物がない。人の念から産まれただけに、首や胴を断つ、体を潰すなど、実際の人間への殺傷方法が思いのほか有効だったりするが、元があやふな存在なだけに、弱点もあやふやだ。だが、仕留めれば煙のように消えていく点は非常にわかりやすい。お陰でこうして仕留められたかが瞬時に分かる。

 戦闘態勢をとりつつ、全員無事着地に成功。

「長柄!今ので何体やれた?!」

「ハイ、出現したクランケの総数は蜻蛉からの映像では二十三体です。先ほどの九十九さんの雪玉の攻撃で五体の討伐を確認しました。」

 俺は思わずガッツポーズを取る。

 すぐさま太刀川に調子に乗るなと後ろ頭を小突かれる。痛い。

「雪煙のせいで蜻蛉の映像ではその他のクランケの状況が把握できません。松浪さんの索敵ガスで状況の把握は可能ですか?」

「問題ない。既にガスは散布済みだ。少し待て」

 索敵ガス。

 これは松浪の〈影〉が持つ能力の一つだ。

 ガスマスクのフィルタを通し、天恵を無色透明無味無臭のガスとして広範囲に撒くことで、レーダーのように使う事が出来る。その精度は恐ろしく、ガスが触れた対象の姿さえ手に取るように分かるそうだ。

 本来のガスマスクのフィルタの役割を一切担っていないのが松浪のガスマスクなのだが、ここは想念の世界だ。松浪がそう思ったのなら、そういう仕様になる。なんともご都合主義的ではあるが、それが罷り通るのが幽界だ。

「分かった。クランケの残数は二十三で間違いない。内、形状から第2段階と思しき個体が五体。その内一体がやけにすばしっこい。どうも他のクランケの影に隠れてこっちの様子を見ていやがる」

「妙だな。クランケの統率の取れた行動といい、いつもと様子が違う。群れで行動しない奴らがこうして現れたのも珍しいが、まさかその影に隠れてるやつが指揮してるんじゃ・・・」

「そんなことってあるのか?第二段階のクランケだって群れて動くなんて聞いた事無いぞ。ってことは・・・」

 なんだか厭な予想が頭を過る。

「第三段階の可能性ありだな」

 途端に蛙から聞こえてくる音が騒がしくなった。境界では喧々諤々の様子。第三段階出現の可能性で揉めてるらしい。

「こちら長柄、第三段階の出現の可能性がある以上、無理を強いる事はできません。撤退を許可します。なんとか戦闘から離脱してください」

「この状況では厳しいな。こうぐるっと囲われてるとな」

 この男、余裕綽々だな。

 確かに、先ほどの攻撃でクランケ達からの先制攻撃は防げたものの、包囲されている状況に変わりはない。第三段階といえば能力も未知数だ。こんな不利な状況で挑む物じゃないだろう。だが、撤退するにもまずは包囲を破る必要があるが、何か策でもあるのか?

「長江ちゃん、聞こえる?」

「ハイ、こちら長柄。どうしました?」

「撤退は無し。クランケを殲滅するわ」

 何ですと?!いきなり何を仰るか、この脳筋お嬢さんは。長柄も狼狽してしまっているじゃないか。

「ちょっ、ちょっと待ってよ雫!私達だって何かあっても助けに行ける状態じゃないのよ?!なんでそんな無理を急に・・・」

「無理じゃないわ。私達はあの事件から今日までずっと鍛錬を重ねてきたのよ。もう二度とあんな事を起こささないために。こんな事で一々撤退なんてしてられないわ。ねぇ、松」

「そうだな。殲滅すれば包囲も自然と無くなるしな」

 脳筋どころじゃないぞ、その発想は。すげー自信だ、この二人。確かに俺よりも数段強いし実戦経験だってあるだろうが、もう少し冷静に状況を踏まえて考えてほうがいいだろが。

 とはいえ、俺も心のどこかでやれるという気がしている。先ほどの一撃で確かな手応えを感じていた。半年間の訓練が活きると確信したのだ。

 松浪が俺に視線を送る。ガスマスクと赤いレンズで表情は当然見えないが、俺に微笑みかけているのはわかった。

「なぁ、惣介。お前も半年の訓練の成果を遺憾なく発揮したくはないか?」

「勿論!」

 俺もやる気、もとい、殺る気スイッチが入った。

 折り紙から長柄の大きなため息が聞こえてくる。

「了解です。お市様からもオーケー出ました。戦闘を許可します。あと、お市様からの伝言です。派手にやれ、と」

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