囚人服の少年 -13-“世界の芽”侵入-

 自分が悪いとはいえ失笑を受けた俺はいたたまれず俯いたまま顔を上げられずにいる。皆、笑いを堪える者は肩を震わせ、中には遠い目をしながら心落ち着かせている者もいる。笑いの堪え方にも個性ってでるよね、うん。

「ほら、しゃんとしろ、惣介。さっきの面白かったから」

「そうだぞ、ハゲ。しっかりしろ」

「・・・うん」

 やめて。なんのフォローにもなってないし、もはやハゲを否定するだけの気力もないから。

 霽月邸内から、お市の咳払いと共に、号令が発せられた。

「皆、準備はよいな。探索開始!」

 なかば投げやりな号令に聞こえなくもなかったが、ともかく、お市の号令と共に俺達は勢いよく鳥居へと飛び込んでいく。

 鳥居の先は光が渦巻いたトンネルのようだ。渦を通り抜けた瞬間、俺達はもう〈世界の芽〉へと降り立っていた。敷居を跨ぐ位にしか移動した感覚しか無い内に到着とは、瞬間移動みたいだな。

 振り向くと、そこには鳥居と光の渦巻きが霽月邸同様に置かれている。

「あ〜、あ〜。皆さん聞こえますか?聞こえたら返事お願いします」

 耳元で声がする、この声は三人官女の長柄か。

「感度良好。通信に問題はないわ」

 太刀川が対応している。ところで、この声はどこから出ている?無線の類いは持たされていないし、例の折り紙の力か。

「この通信機能も〈折り紙〉の機能の一つです。皆さんにそれぞれ一体ずつお供させています。雫ちゃんには、鶴。松浪さんには狐。九十九さんには蛙と、それぞれ通信及び探索補助用の折り紙をお供させています。」

 なんと、これはまた可愛らしいこと。

 確かに、よく見れば太刀川の肩の辺りをパタパタと折り鶴が飛んでいる。松浪の胸ポケットからも狐の折り紙が顔をちょこんと出している。

 俺の〈折り紙〉は一体どこだ?見渡してみてもそれらしいのが見当たらないが。

「惣介、頭の上」

「あっ、見っけ!」

 俺にはヘルメットの頂点に折り紙の蛙がちょこんと張り付いていた。

「なお、それぞれの〈折り紙〉にはオペレーターが就いていますので、個別の指示やサポートは彼らを通じて行います。全体通信は私、長柄が担当します」

 いよいよ始まった探索。

 俺達が、〈世界の芽〉に降り立った場所は、この世界の端だ。

 〈芽〉に侵入して分かったが、この産まれたばかりの世界はまるで箱庭のように世界の端が存在している。この鳥居は境界から〈芽〉の端に繋げられている。目的地は〈芽〉の中心地にある建造物だが、一体距離はどの程度か。

 ともかく、松浪が状況報告で交信を行っている。

「こちら、松浪。長柄、状況を報告する。〈芽〉への侵入は無事成功。こらから目標物へ向かうが、距離は分かるかな?」

「ハイ、蜻蛉からの映像を解析した所、皆さんの位置からおよそ2km先にあります。今の所クランケの反応はありませんが、警戒は怠らないようにしてくださいね」

「了解した。これより行動を開始する」

 松浪は俺と太刀川に目配せし、移動を始める。

 松浪を先頭に俺がその後に続き、最後尾は太刀川ついて歩き出す。

 とはいえ目の前に広がる景色は、映像で見た以上に殺風景で地味だ。遠くに見える建造物以外はその建造物に向かって伸びている道とその両脇に広がる森らしきもの以外は障害物らしいものもない。

 だが、目標物と道がハッキリと見えているのはありがたい。俺達は目標に向け前進する。当たりは静寂に包まれている。というより、無音に近い。歩く音、装備や服が擦れる音。普段耳にも入らない微細な音すらよく聞こえる。

「随分殺風景だな。おまけに周りの森を見てみろ。学芸会でももうちょっとマシな背景を拵えると思うが、どう思う?子供が書いたギザギザの木の絵をそのままおっ立てたみたいじゃねぇか」

「さぁな。この〈芽〉を作った輩は美的センスが壊滅的か、もしくは他に何か理由があるのか」

「そういや、〈世界の芽〉はその産み出した人間の想念で形作られているんだよな?ここまでシンプルな世界が出来上がるって余程外界に興味の無い人物じゃなかろうか?」

 そう、この〈芽〉の景色は地味すぎる。周囲に生えているハリボテのような木もどう見ても平面的にしか見えないが、横に回ってみても、ペラッペラな訳ではない。常に俺達の視界に正面から見えているようだ。これはまるで申し訳程度の描画しかしていないゲームグラフィックのようだ。センスの有無以前に、周囲に興味関心がないのかもしれない。

 だんだんと建造物が見えてくる。不思議と何事も無い。てっきりクランケと遭遇するかと思いきや、これは拍子抜けだな。

 森も徐々に開けていき、周囲には建造物に続く道があるだけで障害物は皆無だ。松浪は一旦止まり、周囲を見渡す。

「こちら松浪。長柄、周囲にクランケの反応は無いか?」

「こちら、長柄。現在、クランケの反応はありません」

「長柄ちゃん、それ本当?〈芽〉は産まれたばかりの世界であっても幽界からまだ完全に独立していない以上、クランケがいても不思議じゃないはず。一体もいないのはなんだが不気味だわ」

「私もその意見に同意です。ですが、クランケの反応が無いのは確かです」

 松浪も太刀川も何か考え込んでいる。クランケが出現しないのがかえって不気味なのだろうか。それもそうか。幽界はクランケの巣窟。であれば一体も出現しないのであれば、警戒して当然か。

「了解。念の為、そちらも警戒を頼む。どうにも不気味だ。すんなりいきすぎだ」

「わかりました。こちらも何かあればすぐに連絡します」

 通信が終わっても、松浪は進むのを躊躇っている。

「松、私もなんだかいやな感じはするよ。けど、進まない事にはしょうがない。みんなもバックアップしてくれてるし、あんたらを信じて進むよ」

 なんと健気な言葉じゃないの。

「それは俺も対象か?」

 他意は無いが、思わず聞いてしまった。

「当然だ。人格はともかく、あんたの能力と実績は評価している。黙って働け、ハゲ」

 ビジネスライクな評価が寂しく哀しい。

「・・・わかった。これから目標に接近し調査する。建造物まで遮蔽物が無い。突然のクランケの出現が無いとも言いきれない。より警戒して接近するぞ」

 俺達は改めて周囲の状況を確認する。正面には建造物、そして門扉が見える。あそこに向かって前進だ。

 皆、周囲を警戒しつつ、森から出て小走りで門扉に向かう。

 だが、それは突然だった。

 足裏に感じた妙に柔らかい感触。

 足下に目をやると、そこには大きな目玉が一つ。

 視線が合い、一瞬時が止まる。このブヨブヨとした感触、こぶし台の大きな目玉。

 でやがった。クランケだ。

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