囚人服の少年 -11-
パンッ、パンッ、と手を叩く音。
「はいはい、昔話は一旦そこまで。続きはお役目が終わってからにしなさい。早速だけど今回のお役目について説明するわ。それでは全員傾聴!」
お市の号令がかかる。
俺達三人、翁と媼、撫子に宇上さん、それにひな人形達。皆が庭へと集まり、いよいよ今回の本題に入る。
松浪はササッと俺の傍へ近づく。
「毎度の事だが、気にするなよ。あいつはあれでもお前の事を仲間として認めている。だが、事件の事を引きずっていて、どう接していいか未だに分からずにいるだけなんだ」
すかさず、フォローをしてくれるあたり、やっぱり松浪は性格もイケメンだよな。ほんと素直に尊敬する。
「わかってる。太刀川を責める気はないよ。記憶は思い出せないが、心のどっかで太刀川が俺を責めるのも無理は無いっていう気がするんだ。多分、記憶が封印されていても、その時感じた感情なんかは思いのほか残っているのかもな。
けどまぁ、本当に昔の俺は何を仕出かしたんだかな」
松浪は沈黙をもって応える。
思えば、事件の記憶は霽月邸の全員が持っている。俺だけが封印されている。事件の核心だけではなく、事件があったという事実そのものさえも。
それを考えれば、太刀川が俺に対して不機嫌な態度を表すのも仕方ない。事件の当事者がその事を忘れのんべんだらりとしているのだから。むしろ八つ当たりで済んでる時点でかなり優しいと見るべきなのだ。
庭に皆が集まり、媼から今回の探索についての説明が始まった。
「それでは、今回の探索について概要を説明します。」
媼は三人官女に目配せする。
三人官女はそれに応え、懐から扇や巻物を取り出し、宙へと広げ掲げる。手から離れ宙へ浮き上がった扇や巻物は徐々に大きくなりながら半透明へと見る見るうちに形を変えていき、俺達の頭上に浮き上がった。さながら扇形・巻物型ディスプレイと言った所か。デザインは和風なのに、雰囲気はやけにSFチックだ。
扇や巻物に、ライブカメラの様な何かの映像が映し出されている。
遠景だが、明らかに戸建てではない大きさの建物が見える。色は全体的にグレーで統一され、装飾の類いは見当たらない。どちらかと言うと、学校や庁舎などの公共施設の様なシンプルな佇まいをしている。建物の大きさから言ってもその類いの建造物らしかった。
というか、こんな映像をどうやって撮っている?俺達はまだ世界の芽に入っていないのに。
「ハイッ!媼、質問!これは一体どうやって映像を映し出してるんだ?誰か先行して世界の芽に入っているのか」
「まぁ、半分当たりで半分外れかな。未知の世界に入っていくわけだからね。さすがに何の準備も無しにあんた達を送り出す程、私達も間抜けではないわよ。これは五人囃子達が操る折り紙からの映像よ。実は昨日の内に折り紙での事前調査をしていたのよ」
「折り紙?なんだそれは」
ちらりと五人囃子達を見やる。皆得意げな表情でこちらを見ている。
「それは私から説明致します」
その娘、齢十五といったところか。謡という名前の娘らしいが、媼に変わって説明を始めた。
というか、五人囃子は全員男の子ではなかっただろうか?ここのひな人形は女の子も混じっているのね。
「私達はお市様の命により、あなた方をサポートする為に作られたひな人形です。現代風に言うと、ひな人形を元に天恵を用い創造されたアンドロイドといったところですね。我々五人囃子が得意とするのは情報収集と戦闘のバックアップなのですが、その際使用するのがこの『折り紙』です。境界と幽界は法則が違う別世界なので、世界を渡ることが出来る人間は影を纏うことができるあなた方『纏』のみです。本当は我々も随伴しお力添えしたいのですが、まだ我らは目覚めて間もなく力が完全に戻っておりません。そこで『折り紙』を用いてサポートを致します。この折り紙は折った動植物や物の性質の他、任意の能力を持たせる事が可能です。一種のお助けアイテムと思っていただいて結構です。ちなみに、今映っているこれらの映像はその折り紙で作った蜻蛉から送られている映像なのです。」
これは凄い。
折り紙で折られた蜻蛉の見ている景色がリアルタイムで送られているわけか。まるで偵察用のドローンだな。
映像は先ほど宙に上がった扇形や巻物型のディスプレイに一点からではなく、様々な確度から写し出された映像が広がる。映像は次第に拡大され建造物の全容が見え始めた。
塀だ。異様に高い塀。敷地を隔てるにしてはやけに高い塀。おまけに厳重な門扉がついている。この物々しい佇まいの建物といえば。
「これは・・・。刑務所か?」
「断定はできないが、特徴から刑務所に近いものと思われるわ。これが、今回の調査目標よ。既に五人囃子達に建造物内への折り紙の侵入を試させたけど、正面の入口は完全に閉じられていて、それ以外どこにも侵入できそうな隙間が見当たらなくて侵入はできなかったから、内部の情報は得られてないわ」
「クランケの出現は確認されているのか?」
松浪が質問する。
「いえ、今の所一体も確認できていないわ。おそらく世界の芽は完全に幽界から独立していないとはいえ、徐々に現界化が進んでいると思われるので、出現の確立は低いと我々は考えているわ。」
「そうか、そうであるなら非常に楽で助かるな」
「あぁ、全くだ」
松浪と太刀川は一安心といった様子。
「なぁ、クランケとの遭遇戦なら逢禍時でも十分経験してるだろ。何か問題があるのか」
「幽界はクランケの巣窟だからな。正直、探索に向かってクランケと出くわさない方が珍しいし、逢禍時と違って出現する個体数も多い。出現エリアも比較にならん程広大だ。そんな場所でクランケに出くわしたら面倒だろ?」
ふむ、確かに。俺はまだ幽界でのクランケ遭遇戦はもちろんない。というか、複数体との戦闘も未経験だ。訓練はしているが、実戦経験は逢禍時の極めて限定的なエリアでの戦闘のみ。それも、クランケ出現も単体のみなのだ。それを、こちらは俺達三人で連携して倒しているのが最近のお役目の内容だ。
それを考えると、幽界探索が普段の仕事に比べてハードということが伺える。そしてよぎる一抹の不安。
「それって、俺も参加して大丈夫なのか?足手まといにならないか非常に不安なわけだが?」
「何事にも始めてはあるってことだ。気張れ惣介」
「そうだぞ、死に物狂いでついてこい、ハゲ」
「ハゲじゃない、坊主だ。間違えるな」
相変わらず、優しい松浪と、辛辣な太刀川。
もはや俺達三人の天板ネタとなりつつあるが、俺は坊主頭なだけでハゲではないことをここで補足しておく。
「皆さん仲が宜しいようでなによりですが、話を続けますよ?幽界と境界で相互且つ密に連絡が取れるように通信機能を持たせた折り紙を我々の代わりにお連れ下さい。探索は纏の方々も我らにとっても長らく行われておりませんでした。今回は肩ならし程度に、安全を最優先に全員の無事の帰還を目標とします。我らひな人形、今回は随伴が叶いませんが、銃後の支えとして微力ではありますが、支援致します。それでは、皆様、お支度を」
肩ならし、ね。それで済めばいいが、こういう突発的な案件は何かが起こりがちってのがセオリーだ。何事も無ければそれで良し。だが、用心するに超した事は無い。その気構えでいよう。
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